『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 6 p.107

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處なれは、他の書を以て是をつくといふ、, の長子をヤヘツトといふ、第八の子をロウスといふ、その治る國をロセツ又ルツシヤと, 皇の前二千二百三十三年に當て遠西の國に諾尼といへる眞人出つ、其壽九百五十歳、そ, 撰者並に年代を詳にせす、卷初は魯西亞王世統の大略を摘記せしものにして、千二百四, もいふ、是魯西亞の太祖となるへきの理ありといへとも、是より後その國に王たるもの, 魯西亞世代略附清朝入聘記, 書本邦の延享元年、和蘭七州の一、ウトレキトにて彫刻せし魯西亞本紀を譯せしものな, り、故に寶暦以後ペテルデデルテ及カタリナデテウュエテの二帝は蘭書本紀に載せさる, つて魯西亞の太祖となす、此書開卷に太祖ロリキ以前此國に主たるものゝ事跡二説, 〓〓として傳るものなく、はしめて孝謙天皇の御宇に及んて、ロリキといへるもの, 群雄に拔出して魯西亞を一統して、夫よりして歴代の事略傳れり、故に此ロリキをも, に至る迄、歴代〓をもつて國王の名をわかち、その事跡本那の年號に繋記せり、もと此, 作者の姓名をあらはさす、文中に名を熹としるすのみ、未定の草稿なり、蓋し神武天, を記し、次にロリキより寶暦十三年即位の女帝カタリナデテウュエデ, は即ち本紀の説、, は只地理の書と云、, 一册, 寫本, ニ刻セル魯西, 延享元年和蘭, アラハサズ, 作者ノ姓名ヲ, 亞本紀ノ譯, 撰者年代ヲ詳, 名ヲ熹トシル, ニセズ, 異國紀下(魯西亞), 一〇七

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  • は即ち本紀の説、
  • は只地理の書と云、
  • 一册
  • 寫本

頭注

  • ニ刻セル魯西
  • 延享元年和蘭
  • アラハサズ
  • 作者ノ姓名ヲ
  • 亞本紀ノ譯
  • 撰者年代ヲ詳
  • 名ヲ熹トシル
  • ニセズ

  • 異國紀下(魯西亞)

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  • 一〇七

注記 (28)

  • 649,714,56,1064處なれは、他の書を以て是をつくといふ、
  • 1683,718,58,2247の長子をヤヘツトといふ、第八の子をロウスといふ、その治る國をロセツ又ルツシヤと
  • 1796,710,58,2253皇の前二千二百三十三年に當て遠西の國に諾尼といへる眞人出つ、其壽九百五十歳、そ
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