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論を吐露した。其の爲、聘用の事は寢んだのであつた。, 敬ふべく、而して後上下が相保ち、萬邦が協和するであらうといつてゐる。更に, 外警交〻到つて、上下が漸く晏如たるを得なかつた際であつたので、自ら攘夷の思, 想を併せ説いた。會澤正志齋の「及門遺範」に、幽谷は「春秋」の尊王攘夷の義に原づ, 又幕府政治は覇主の業である。覇主は王と稱してはならぬ。天に二日無く、土, 海に照臨し、皇統の悠遠なる、國祚の長久なること他に比なきが故に、正名は一〓, き、名分を謹み、君臣上下の際、華夷内外の辨を論ずること極めて詳明なりとある, を尊まば、諸侯も亦幕府を崇むべく、諸侯にして幕府を崇まば、卿大夫も亦諸侯を, 下を鎭撫して征夷大將軍と爲つたのは、固より賞すべきもので、幕府にして皇室, に二王無しとて、將軍の宜しく王と稱すべからざるをいひ、閣老に堂々諤々の正, 尊王論は華夷の辨に依つて助長せられたことが多い。況んや幽谷の時代は, 嚴守せらるべきものであると云ひ、徳川家康が戰國の際に生れ、皇室を推戴し、天, を論じ、我が國は皇祖國を開きてより一系にして、聖子神孫世々明徳を繼いで四, して實學を旨とするにあつた。即ち「正名論」に於いて名分の正、且つ嚴なるべき, 夷論, 幽谷の攘, 正名論, 第二章尊王思想の發達第四節水戸學の尊王攘夷論, 一三七
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- 夷論
- 幽谷の攘
- 正名論
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- 第二章尊王思想の發達第四節水戸學の尊王攘夷論
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- 一三七
注記 (19)
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