『維新史』 維新史 3 p.297

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路兩勅使著府の前日の事であつた。, を熟知しつつも、猶攘夷勅旨を遵奉せざるを得なかつた所に、非常な苦境が存し, 幕閣の何人にも確信はなかつた。慶永の所謂「公共之理」に基く諸侯會同説は、立, る者あり、後年慶喜は此の事を囘顧して「當時は事聊面倒となれば、毎々此の如き, も、必ずしも理由なしとせぬのである。此の頃幕閣内部に間、大政返上論を唱ふ, 以であつた。併し乍ら如何にして攘夷を實行するかの具體的方策に至つては、, 憲思想の萌芽とも見らるべき卓見であるとしても、幾許の實現性を有し得たか, 飜つて月餘に亙る幕議紛糾の跡を顧みるに、幕府が開國の已む能はざる大勢, して「攘將軍」即ち倒幕に轉ずべき性質のものであつた。これ幕閣首腦部が甚し, たので、さすがの慶喜も始めて登城を承諾した。やがて慶永・慶喜は相尋いで登, 城して、勅使待遇改善の議を決し、幕府は漸く愁眉を開くを得た。是は三條・姉小, は疑なきを得ない。されば一橋慶喜が滿腔の不滿を懷いて辭職を決意したの, たのである。當時の攘夷は單純なる攘夷に非ず、山内豐信の道破せる如く、一轉, く疫巡苦慮を重ね、開國論者たる松平慶永が再變三變して破約攘夷を説いた所, の登營, 慶喜慶永, 幕府國政, 調理の自, 信を缺く, 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第三節幕閣の動搖, 二九七

頭注

  • の登營
  • 慶喜慶永
  • 幕府國政
  • 調理の自
  • 信を缺く

  • 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第三節幕閣の動搖

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  • 二九七

注記 (21)

  • 1642,574,58,1023路兩勅使著府の前日の事であつた。
  • 1401,575,62,2307を熟知しつつも、猶攘夷勅旨を遵奉せざるを得なかつた所に、非常な苦境が存し
  • 795,569,65,2313幕閣の何人にも確信はなかつた。慶永の所謂「公共之理」に基く諸侯會同説は、立
  • 320,576,64,2302る者あり、後年慶喜は此の事を囘顧して「當時は事聊面倒となれば、毎々此の如き
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