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と、以て知るべきである。又「常陸帶」は齊昭の治績心情を敍して、甲辰の變の〓を, 批評を求め, に於いては膺〓の典を修むるを肝要とした。其の主張の尊王攘夷であつたこ, の思想を説いてゐる。, 世に訴へたもので、「弘道館を建給ふ事』「朝廷を尊び幕府を敬ひ給ふ事「夷狄の〓を, に於いては將帥の術を講じ、奬學の任に於いては五典の教を明かにし、征夷の職, 慮り給ふ事」等に主張を見るべく、神國の人貴きも賤しきも大和魂を體し、天照大, あるに鑑み、是が註釋を試みたものである。東湖が齊昭より述義起草に關する, 内命を受けた年月は不明であるが、弘化二年十一月十一日起稿に著手して、翌三, 神の恩賚を仰ぎ奉つてこそ、始めて海外萬國を平定し得られるとて、尊王即攘夷, 「弘道館記述義」は、曾て己が代撰せる「弘道館記」が説いて猶詳かならざるの憾み, 年正月晦日に成り、更に之を豐田天功・青山延光・國友善庵・石河鐵次郎等に示して, 訂正補筆、幾度か稿を改めて、嘉永二年頃漸く定稿を得, るに至つた。先に館記の代撰を命ぜられるや、東湖は責任の重大なる餘り、, 何卒右御, 神州の一大文字にも可相成儀、心體に任せず、慙愧無此上奉存候, 示すを得なかつた, 正志齋は幽囚中で, ○中, 略, 弘道館記, 述義, 常陸帶, 第一編尊王論の發達, 一五八
割注
- 示すを得なかつた
- 正志齋は幽囚中で
- ○中
- 略
頭注
- 弘道館記
- 述義
- 常陸帶
柱
- 第一編尊王論の發達
ノンブル
- 一五八
注記 (25)
- 1501,582,65,2261と、以て知るべきである。又「常陸帶」は齊昭の治績心情を敍して、甲辰の變の〓を
- 481,571,55,318批評を求め
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- 1064,583,54,591の思想を説いてゐる。
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