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に廢合はあつたが、其の數は〓ね四五十の間に在つた。, の中關東郡代は伊奈氏代々世襲し、後、一時勘定奉行が兼攝したが、更に後、代官が, 東海道の要衝たる駿府には、大番頭又は書院番頭より任ぜられた城代と、小大, 等が置かれ、別に家康の, 分治した。又美濃郡代は上方郡代と改稱し、別に支配地十萬石以上の故を以て、, 大津郡代が増置され、代官は總べて全國に散在せる幕領の要地に置かれた。時, ねて神宮領以外の幕領の訴訟を聽き、又日光奉行は東照宮の警衞・祭祀を管し、外, て城の守衞に任じ、兼ねて地方の訴訟を聽いた。其の他山田奉行は伊勢山田に, 駐在して神宮を警護し、正遷宮の際は造營奉行、祭祀の際は神事奉行を勤仕し、兼, に堺・長崎・浦賀・下田・新潟・佐渡の諸奉行があつた。又幕領には郡代・代官等があつ, た。又江戸防衞の外郭たる甲府には、享保九年以降甲府勤番支配, て民政を掌つた。郡代には關東・美濃, 名より選ばれた加番, が置かれ, の四郡代があつたが、其, 廟所守衞の爲に久能山總門番があつて、家康の寵臣榊原照久〓, 西國, との外に、定番・目付・町奉行, ・飛騨, の子孫が世襲し, 名より選ばれた加番人との外に、定番・目付・町奉行, 陣屋地, 旗本, 二人, 笠松, 各一人, 旗本、, 人, 〓, 高, 山, 甲府勤番, 支配, 駿府城代, 郡代代官, 第二編封建制度の分解, 二四〇
割注
- 陣屋地
- 旗本
- 二人
- 笠松
- 各一人
- 旗本、
- 人
- 〓
- 高
- 山
頭注
- 甲府勤番
- 支配
- 駿府城代
- 郡代代官
柱
- 第二編封建制度の分解
ノンブル
- 二四〇
注記 (37)
- 359,576,67,1540に廢合はあつたが、其の數は〓ね四五十の間に在つた。
- 690,573,66,2268の中關東郡代は伊奈氏代々世襲し、後、一時勘定奉行が兼攝したが、更に後、代官が
- 1710,643,67,2199東海道の要衝たる駿府には、大番頭又は書院番頭より任ぜられた城代と、小大
- 1598,2191,56,648等が置かれ、別に家康の
- 579,572,67,2285分治した。又美濃郡代は上方郡代と改稱し、別に支配地十萬石以上の故を以て、
- 468,572,70,2268大津郡代が増置され、代官は總べて全國に散在せる幕領の要地に置かれた。時
- 1027,576,67,2268ねて神宮領以外の幕領の訴訟を聽き、又日光奉行は東照宮の警衞・祭祀を管し、外
- 1250,576,65,2266て城の守衞に任じ、兼ねて地方の訴訟を聽いた。其の他山田奉行は伊勢山田に
- 1139,572,66,2274駐在して神宮を警護し、正遷宮の際は造營奉行、祭祀の際は神事奉行を勤仕し、兼
- 918,578,65,2256に堺・長崎・浦賀・下田・新潟・佐渡の諸奉行があつた。又幕領には郡代・代官等があつ
- 1363,577,66,1872た。又江戸防衞の外郭たる甲府には、享保九年以降甲府勤番支配
- 810,577,61,1057て民政を掌つた。郡代には關東・美濃
- 1605,577,56,585名より選ばれた加番
- 1363,2594,55,250が置かれ
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- 1478,577,69,1768廟所守衞の爲に久能山總門番があつて、家康の寵臣榊原照久〓
- 808,1788,53,126西國
- 1601,1247,58,728との外に、定番・目付・町奉行
- 803,1985,64,132・飛騨
- 1483,2391,51,453の子孫が世襲し
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- 1832,712,51,579第二編封建制度の分解
- 1829,2355,42,121二四〇







