『維新史』 維新史 1 p.310

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の格式を與へて優遇した。鴻池善右衞門は初め釀造業から身を起して、後に加, て大名困窮の要因と爲すに至つては、全く同一であつた。, 藏役人が藏元を兼ねて、販賣の事に當つたが、後には町人が藏元となり、掛屋は賣, 屋敷を増した。藏屋敷には藏役人・藏元・掛屋等あり、初めは藩より派遣せられた, 生徂徠・室鳩巣・中井竹山の如き、假令其の論旨に小異の點があつても、參勤制を以, 上代金を保管して、江戸の藩邸に送附した。此等藏元・掛屋は大名にとつては唯, 賀・安藝・阿波・備前・柳河五藩の掛屋を勤め、尾張・紀伊兩藩の用達を兼ね、諸家から受, 十七屋敷、天保年間に百二十四屋敷を算し、維新前後には、天保年間より更に十一, 一の金融機關であつたので、大名は彼等に扶持を給し、或は用人格・留守居役格等, にして、其の四分の三は大名の年貢米たる藏米であつたといふ。而して大坂藏, 屋敷の起源は桃山時代にあつたが、江戸時代に入つては急増して、元祿年間に九, 江戸の藏屋敷に〓送賣却した。當時大坂に於ける入津米は、一年大凡四百萬俵, 大名は在府中の尨大な出費を支辨するが爲に、米穀其の他の國産を大坂又は, 救はん事を論じた學者は、江戸時代を通じて多數に現れた。例へば熊澤伯繼・荻, 發達, 元掛屋, 藏屋敷の, 藏役人藏, 第二章封建制度崩壤の過程第一節財政の窮乏, 三一一

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  • 發達
  • 元掛屋
  • 藏屋敷の
  • 藏役人藏

  • 第二章封建制度崩壤の過程第一節財政の窮乏

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  • 三一一

注記 (20)

  • 468,572,65,2268の格式を與へて優遇した。鴻池善右衞門は初め釀造業から身を起して、後に加
  • 1596,569,67,1610て大名困窮の要因と爲すに至つては、全く同一であつた。
  • 797,562,71,2278藏役人が藏元を兼ねて、販賣の事に當つたが、後には町人が藏元となり、掛屋は賣
  • 908,565,72,2272屋敷を増した。藏屋敷には藏役人・藏元・掛屋等あり、初めは藩より派遣せられた
  • 1714,561,74,2270生徂徠・室鳩巣・中井竹山の如き、假令其の論旨に小異の點があつても、參勤制を以
  • 688,570,68,2272上代金を保管して、江戸の藩邸に送附した。此等藏元・掛屋は大名にとつては唯
  • 356,566,69,2272賀・安藝・阿波・備前・柳河五藩の掛屋を勤め、尾張・紀伊兩藩の用達を兼ね、諸家から受
  • 1020,564,71,2257十七屋敷、天保年間に百二十四屋敷を算し、維新前後には、天保年間より更に十一
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