『維新史』 維新史 1 p.424

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が東海岸に出沒して、幕府當局を惱ませたのである。幕府は例によつて、小田原・, が最も盛んで、英米兩國を始め、各國の捕鯨船は競うて此の方面に殺到し、常に我, 退去せしめた。, 白河・川越等の諸藩に命じて、警備を全からしめると共に、足立・馬場の兩人をサラ, セン號に派し、船内臨檢の上、一時兵器を沒收し、來航の理由を糺し、薪水を與へて, 條約によつて開放せられた五港測量の命を受け、弘化二年, 諭書を與へ、「外國と違ひ、日本にては地理測量等いたす儀は決而難差免」き旨, 測を敢行し薪水食料を積み、七月八日に拔錨して香港に歸航した。, 奉行は其の去るに臨み、再び我が沿岸に來つて測量することを禁じたるも、僅, を告げて、退去を迫つたが、ベルチャーは之に應ぜず、武裝端艇に乘じて上陸し、觀, し、長崎測量の認可を求め、薪水の補給を請うた。長崎奉行伊澤政義, 英國軍艦サマラン號艦長海軍大佐エドワード、ベルチャーは、海軍省より南京, より、マニラ・香港・琉球及び濟州島を測量し、濟州島を發して七月四日長崎に來航, は、之に, かに四年を出でず、英艦マリナー號は相模沖に出現した。これは艦長海軍中佐, ボルネオ北岸, 西暦一八, 美作, 四五年, 守, マリナー, サマラン, 號の來舶, 號の來航, 第三編鎖國政策の破綻, 四二六

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  • 西暦一八
  • 美作
  • 四五年

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  • マリナー
  • サマラン
  • 號の來舶
  • 號の來航

  • 第三編鎖國政策の破綻

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  • 四二六

注記 (26)

  • 1602,587,65,2268が東海岸に出沒して、幕府當局を惱ませたのである。幕府は例によつて、小田原・
  • 1711,584,66,2268が最も盛んで、英米兩國を始め、各國の捕鯨船は競うて此の方面に殺到し、常に我
  • 1278,590,53,395退去せしめた。
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