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九月である。彼は露人の南下につれて、蝦夷人の露人, べきを命じ、又津輕藩に援兵差遣の事を達した。處士大原小金吾が「北地危言」を, が、北地を論じた者は彼一人に限らず、本多利明, 間、たとひ數十萬石の大侯是に鎭とし居候とも、全く備り手とゞくほどには〓, 目付等を、寛政十年四月には目付渡邊胤, り申まじく候、然るに此の國一粒の米〓も生じ不申、兵は二百に足らず、金城湯, 池のかためもなく、畢竟無事の時に御座候故、一かどの藩屏と相見候へども、實, 戌亥は山丹滿洲、丑寅は虎狼の赤夷に隣り、其の間に反ふく常なき蝦夷有之候, に歸服する状を述べて曰く、, 成方, といつてゐる。小金吾は親しく松前にあつて、其の地の藩政に通じた者である, は死地にすて置に齊しく、一旦此處に事を生じ候はゞ、齒の寒きに至可申候。, 稿したのは同九年, 開業」なる一篇を附してゐる。寛政の末年以降、幕府は巡檢使を此の地方に派す, ることが屡〻で、寛政八年十月には勘定金子助三郎・徒目付古屋平左衞門の外小人, ・勘定吟味役三橋, ・使番大河内政壽, には「屬島之, 支配勘定近藤重藏・普請役最上徳内等を遣して巡檢せしめた。重藏が, の「經世祕策, 寛政年, 魯鈍, 衞門, 『間成, 藤右, 善兵, 西暦一七, 九七年, 衞, 齋, 藏, 久, 蝦夷地警, 衞, 第三編鎖國政策の破綻, 四七〇
割注
- 寛政年
- 魯鈍
- 衞門
- 『間成
- 藤右
- 善兵
- 西暦一七
- 九七年
- 衞
- 齋
- 藏
- 久
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- 蝦夷地警
- 衞
柱
- 第三編鎖國政策の破綻
ノンブル
- 四七〇
注記 (36)
- 1598,1319,61,1528九月である。彼は露人の南下につれて、蝦夷人の露人
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- 702,577,63,1323が、北地を論じた者は彼一人に限らず、本多利明
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- 358,579,60,1119目付等を、寛政十年四月には目付渡邊胤
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- 1372,649,69,2195戌亥は山丹滿洲、丑寅は虎狼の赤夷に隣り、其の間に反ふく常なき蝦夷有之候
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