『維新史』 維新史 3 p.23

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とも面晤して、親しく所見, 途中に擁して、宮御東下の阻止を建白せんと企て、政之助は切に之を慰諭したが、, のことであつた。一方玄瑞は和宮御降嫁問題を痛憤するの餘り、藩主の參府を, の鞆に會して時事を談じ、尋いで當役盆田彈正, 志士の對立はここに激化することとなつたのである。, の熱烈な進言に動かされて、漸く態度を改めることとなつたのである。即ち政, 主に東西の形勢を陳述せんと決意するに至つた。斯くて九月七日政之助は玄, 玄瑞の初志は飜すべくもなく、政之助は却つて其の熱意に感じ、自ら西上して、藩, か、却つて政之助の西上を以て專斷なりとして歸國を命じ, 之助が小五郎の提言を容れ、水長提携運動に參劃するに至つたのは、正に此の際, 瑞を伴つて江戸を發し、十月五日藩主に先行して東上の途にあつた雅樂と備後, 情勢を知るに及び、幕府の頼むに足らざるを信ずるに至り、更に又小五郎・玄瑞等, 年正月二十九日には、更に二十日間の逼塞を命ずるに至つた。藩要路と尊攘派, を吐露し、玄瑞の建言書を進達した。然るに藩府は玄瑞の建白を却下せるのみ, 越えて翌文久二, 玄瑞も, 同樣, 親施, 右衞門介, 政之助の, 逼塞, 第一章長州藩の公武周旋第二節周旋の蹉跌と藩論の一變, 二三

割注

  • 玄瑞も
  • 同樣
  • 親施
  • 右衞門介

頭注

  • 政之助の
  • 逼塞

  • 第一章長州藩の公武周旋第二節周旋の蹉跌と藩論の一變

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  • 二三

注記 (23)

  • 914,2117,58,732とも面晤して、親しく所見
  • 1386,546,66,2324途中に擁して、宮御東下の阻止を建白せんと企て、政之助は切に之を慰諭したが、
  • 1504,554,65,2305のことであつた。一方玄瑞は和宮御降嫁問題を痛憤するの餘り、藩主の參府を
  • 922,552,60,1340の鞆に會して時事を談じ、尋いで當役盆田彈正
  • 447,546,62,1583志士の對立はここに激化することとなつたのである。
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  • 1152,543,64,2315主に東西の形勢を陳述せんと決意するに至つた。斯くて九月七日政之助は玄
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