『維新史』 維新史 4 p.80

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ざ一戰と勇み立つた。遂に容保討伐を名義として、此の夜子刻, れかに決しなければならなくなつた。, 士等は粗暴なりとの非難も免れ得るであらうと主張した。然るに長州藩士等, 長州藩士及び浪士諸隊は、世子定廣上京の報に接し、勇氣既に洛中を呑むの情, の多くが見る處は、所謂誠義家の言路を塞ぎ、報國盡忠の士を苅盡さんとするの, 勢にあつた時、諸隊を洛外より引拂ふべしとの朝命に接したので、今は進退を何, るも遲しとしない。今暫く自重して、朝廷の御沙汰を待つこととすれば、長州藩, を逸せば、再び之を得ることは至難であると強硬に主張して、衆議は之に決し、い, は、一に京都守護職松平容保の所爲である。此の上は容保を討伐するの外に歎, 願の目的を達すべき途がないといふにあつた。されば、眞木和泉等は玄瑞等の, 中へ進軍と決した。目指すは獨り松平容保であつた。, 自重論に反對し、今日こそ一擧の目的を達すべき好機會である。若しも此の機, は一旦朝命を奉じて兵庫表に退却し、世子の上京を迎へ、然る上にて進退を決す, 七月十七日男山に於ける長州藩士等の軍議に際し、久坂玄瑞・宍戸左馬介は、今, を期して洛, 午後十, 二時, 眞木和泉, 等の進軍, 久坂玄瑞, 論, 等の退却, 論, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 八〇

割注

  • 午後十
  • 二時

頭注

  • 眞木和泉
  • 等の進軍
  • 久坂玄瑞
  • 等の退却

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 八〇

注記 (25)

  • 300,568,65,1802ざ一戰と勇み立つた。遂に容保討伐を名義として、此の夜子刻
  • 1474,572,59,1073れかに決しなければならなくなつた。
  • 1012,564,63,2281士等は粗暴なりとの非難も免れ得るであらうと主張した。然るに長州藩士等
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