『維新史』 維新史 4 p.88

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る。假令禁門内に屯在する松平容保を討伐すると聲言するも、兵器を携へて禁, 早長藩に同情する者も〓然として一辭をも發することが出來なかつた。, た福井藩が防禦に努めてゐる爲入ることを得なかつた。よつて和泉等は鷹司, と記してゐる。鳴呼、長藩が歎願なれば歎願らしく神妙の態度に出づべきであ, に隊伍を整へ、七ツ時樫木原を過ぎて堺町門に向つた。然るに守衞に當つてゐ, 邸の裏門より入つてこれに據り福井・桑名・彦根を始め應援の薩州・會津の諸藩兵, 遂に大敗して退かざるを得なかつた。橋本實麗の日記に, と砲火を交へたが、鷹司邸は火を發して遂に之を支へることが出來ず、退軍の上, 門に迫るが如きは寧ろ暴擧といふべきである。流彈飛んで禁苑に落ちては最, 山崎に屯してゐた眞木和泉・久坂玄瑞等の隊は、十八日五ツ時, が來援して、又兵衞を狙撃して遂に落馬せしめた是に於いて國司信濃の軍も, 今曉先長州勢, むなきに至つた。此の戰に於いて久坂玄瑞・寺島忠三郎は傷を被つて其の場に, 從石山家裏亂入、蛤門固與會藩戰爭、此所殊烈流玉及宮中、淺猿, 離宮八幡社, 次第也。(實麗卿記, 次第也。, (實麗卿記), 午後, 八時, 略, 中, 久坂玄瑞, 眞木和泉, 等の出陣, 堺町門の, 戰, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 八八

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  • 午後
  • 八時

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  • 久坂玄瑞
  • 眞木和泉
  • 等の出陣
  • 堺町門の

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 八八

注記 (29)

  • 1185,586,60,2279る。假令禁門内に屯在する松平容保を討伐すると聲言するも、兵器を携へて禁
  • 955,581,59,2103早長藩に同情する者も〓然として一辭をも發することが出來なかつた。
  • 601,586,61,2277た福井藩が防禦に努めてゐる爲入ることを得なかつた。よつて和泉等は鷹司
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  • 716,581,59,2287に隊伍を整へ、七ツ時樫木原を過ぎて堺町門に向つた。然るに守衞に當つてゐ
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