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つたのであつた。, つた。又有馬新七・伊地知龍右衞門, 爲す所あらんとしたが、安政五年七月忽焉として鹿兒島に於いて薨じた。齊彬, つては諸侯の間に重きをなし、將軍繼嗣問題・條約勅許問題の起るや、將に大いに, の趣旨を諭し、其の忠勤と自重とを望んだが、此の訓諭は甚だ藩士の精神を感激, 斯くて一藩の動向は容易に決著しなかつたが、齊興が翌六年九月歿す, 藩の士氣は頗る沈滯の觀があつた。西郷吉之助, るに及んで、藩情は自ら變じ、尊王憂國の士は漸く驥足を伸ばすことを得るに至, 等の急進派が藩廳の, の弟久光の子茂久は遺命によつて襲いだが、前藩主齊興は未だ生存して藩政を, 即ち安政六年十一月五日、藩主茂久は直書を少壯有爲の士に與へて、擧藩勤王, 追捕の手を逃れて鹿兒島に歸り、相抱いて薩摩潟に投じたのは、此の時の事であ, 態度に慊らず、〓藩して義擧を企てようとしたのも、亦此の時の事であつた。, 監し、且つ家老島津豐後, が僧月照, 主となつた。爾來鋭意藩政を〓ること八年、克く一藩の興隆に力を致し、外にあ, 堀次郎, 等が樞機に興れる爲に、施政は專ら保守退嬰に流れ、一, を伴ひ、幕吏の, 太郎、伊地知貞馨, 初仲左衞門、後小, 六編第三章, 第二節參照, 初吉, 兵衞, 卷第, 治, 寶, 第一, 正, 久, 向, 忍, の薨去と, 島津齊彬, 茂久の相, 續, 第二章薩州藩の進出第二節島津久光の率兵上京, 六一
割注
- 太郎、伊地知貞馨
- 初仲左衞門、後小
- 六編第三章
- 第二節參照
- 初吉
- 兵衞
- 卷第
- 治
- 寶
- 第一
- 正
- 久
- 向
- 忍
頭注
- の薨去と
- 島津齊彬
- 茂久の相
- 續
柱
- 第二章薩州藩の進出第二節島津久光の率兵上京
ノンブル
- 六一
注記 (39)
- 549,558,55,471つたのであつた。
- 1023,553,64,1005つた。又有馬新七・伊地知龍右衞門
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- 1734,551,73,2298つては諸侯の間に重きをなし、將軍繼嗣問題・條約勅許問題の起るや、將に大いに
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- 662,553,75,2305るに及んで、藩情は自ら變じ、尊王憂國の士は漸く驥足を伸ばすことを得るに至
- 1040,2258,60,597等の急進派が藩廳の
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