Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
り、同月來島又兵衞, ものがあるに至つたのであつた。, 薩藩士の長藩士を疾視するの念は、端なくも高まるに至つた。況んや毛利慶親, 控へながら、道を中山道に選んで西上の途に就いた。是等のことによつて、自然, たにも拘らず、薩州藩の詰問に對しては、聊かも其の事實なしと答へたので、爾後, の京都入説を誹謗した。又翌六月には、慶親は勅使並びに久光の東下を目前に, が文久二年五月に至り、再度の建白書を幕府に呈して、將軍上洛のことを促すや、, ものにて、幕威が地に墜ちんことは必然であるとの文言があつて、暗に島津久光, 薩州藩は長州藩に對して怨恨の念をさへ懷くに至り、感情の疎隔は容易ならぬ, は破約攘夷・即今攘夷を以て朝廷を動かし奉らうとし、要するに兩藩は事毎に相, 其の文中に、諸大名が直接朝廷に獻策し奉るが如きは、幕府を蔑如するも甚しき, 當時江戸藩邸に在つた長州藩士周布政之助等は、斯かる形勢を憂慮するの餘, 變の起るや、長州藩は明かに有馬新七, 反する行動を執り、兩々對峙頡頑して讓らざるかの觀があつた。殊に寺田屋の, 等の薩州藩激派の士と氣脈を通じてゐ, 等と共に、薩州藩士堀小太郎・同大久保一藏等を, 小幡彦七, 義, 政, 久, 通, 高, 正, の疎隔, 薩長二藩, 第一章勅使大原重徳の東下第三節毛利定廣の朝旨傳宣, 一二九
割注
- 義
- 政
- 久
- 通
- 高
- 正
頭注
- の疎隔
- 薩長二藩
柱
- 第一章勅使大原重徳の東下第三節毛利定廣の朝旨傳宣
ノンブル
- 一二九
注記 (27)
- 335,559,58,526り、同月來島又兵衞
- 574,552,56,963ものがあるに至つたのであつた。
- 1403,545,61,2319薩藩士の長藩士を疾視するの念は、端なくも高まるに至つた。況んや毛利慶親
- 813,552,60,2314控へながら、道を中山道に選んで西上の途に就いた。是等のことによつて、自然
- 1528,550,59,2310たにも拘らず、薩州藩の詰問に對しては、聊かも其の事實なしと答へたので、爾後
- 932,558,58,2303の京都入説を誹謗した。又翌六月には、慶親は勅使並びに久光の東下を目前に
- 1287,550,59,2322が文久二年五月に至り、再度の建白書を幕府に呈して、將軍上洛のことを促すや、
- 1048,552,57,2313ものにて、幕威が地に墜ちんことは必然であるとの文言があつて、暗に島津久光
- 687,550,61,2311薩州藩は長州藩に對して怨恨の念をさへ懷くに至り、感情の疎隔は容易ならぬ
- 1883,552,60,2300は破約攘夷・即今攘夷を以て朝廷を動かし奉らうとし、要するに兩藩は事毎に相
- 1164,549,58,2314其の文中に、諸大名が直接朝廷に獻策し奉るが如きは、幕府を蔑如するも甚しき
- 451,624,60,2244當時江戸藩邸に在つた長州藩士周布政之助等は、斯かる形勢を憂慮するの餘
- 1648,549,58,1075變の起るや、長州藩は明かに有馬新七
- 1763,551,61,2298反する行動を執り、兩々對峙頡頑して讓らざるかの觀があつた。殊に寺田屋の
- 1647,1714,56,1142等の薩州藩激派の士と氣脈を通じてゐ
- 335,1516,56,1353等と共に、薩州藩士堀小太郎・同大久保一藏等を
- 336,1167,55,263小幡彦七
- 1632,1651,43,38義
- 321,1453,39,39政
- 322,1110,39,33久
- 365,1108,42,37通
- 360,1454,45,40高
- 1678,1652,42,34正
- 1275,291,41,121の疎隔
- 1319,287,43,173薩長二藩
- 228,709,46,1473第一章勅使大原重徳の東下第三節毛利定廣の朝旨傳宣
- 231,2395,40,108一二九







