『維新史』 維新史 3 p.119

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

を解決せんが爲であつた。, 述したのであつた。併し乍ら久光の地位は、本國に於いてこそ藩主島津茂久の, て重徳は、久光を任官せしめて幕府への運動に有利ならしめんと欲し、是が周旋, 公然の資格はなく、唯勅使の陰にあつて之を援けるに過ぎざるが故に、幕府より, の幕府への入説は自然幾多の不利を伴ふを免れなかつたのである。茲に於い, が、これ亦失敗に歸した。是に於いて、島津家に於いては關白近衞忠熙・權大納言, れる所とならなかつた。越えて翌七月、忠寛は更に慶永に之が斡旋を依頼した, の支藩たる佐土原藩主島津忠寛, 生父として重きをなしてゐたが、幕府に對しては一個の陪臣たるに過ぎず、久光, 忠房父子に頼つて、久光を從四位上右近衞權中將に推任敍あらんことを請ふに, に最も努めたのであつて、彼が使命達成後、尚江戸に留まつたのも、一は此の問題, 至つた。其の理由に曰く、今や久光は勅命を奉じて關東に下らんとするも、素々, 是より先、薩州藩に於いては、久光を藩主に擁立しようとする運動が生じ、同藩, には一橋慶喜を訪れ、松平慶永來會の席上で、幕政改革に關する二十餘箇條を陳, は、此の歳六月幕府に申請したが、幕府の容, 淡路, 守, 敍任の奏, 久光官位, 請, 第一章勅使大原重徳の東下第二節幕府の朝旨奉承, 一一九

割注

  • 淡路

頭注

  • 敍任の奏
  • 久光官位

  • 第一章勅使大原重徳の東下第二節幕府の朝旨奉承

ノンブル

  • 一一九

注記 (22)

  • 1162,564,55,743を解決せんが爲であつた。
  • 1755,556,60,2303述したのであつた。併し乍ら久光の地位は、本國に於いてこそ藩主島津茂久の
  • 1401,561,64,2304て重徳は、久光を任官せしめて幕府への運動に有利ならしめんと欲し、是が周旋
  • 327,559,61,2312公然の資格はなく、唯勅使の陰にあつて之を援けるに過ぎざるが故に、幕府より
  • 1519,562,62,2293の幕府への入説は自然幾多の不利を伴ふを免れなかつたのである。茲に於い
  • 681,561,59,2304が、これ亦失敗に歸した。是に於いて、島津家に於いては關白近衞忠熙・權大納言
  • 799,563,58,2300れる所とならなかつた。越えて翌七月、忠寛は更に慶永に之が斡旋を依頼した
  • 923,567,58,931の支藩たる佐土原藩主島津忠寛
  • 1637,559,60,2305生父として重きをなしてゐたが、幕府に對しては一個の陪臣たるに過ぎず、久光
  • 562,560,61,2305忠房父子に頼つて、久光を從四位上右近衞權中將に推任敍あらんことを請ふに
  • 1277,562,60,2300に最も努めたのであつて、彼が使命達成後、尚江戸に留まつたのも、一は此の問題
  • 445,563,58,2300至つた。其の理由に曰く、今や久光は勅命を奉じて關東に下らんとするも、素々
  • 1043,627,59,2243是より先、薩州藩に於いては、久光を藩主に擁立しようとする運動が生じ、同藩
  • 1872,562,59,2301には一橋慶喜を訪れ、松平慶永來會の席上で、幕政改革に關する二十餘箇條を陳
  • 925,1654,57,1212は、此の歳六月幕府に申請したが、幕府の容
  • 954,1541,42,79淡路
  • 911,1542,38,35
  • 1013,295,44,169敍任の奏
  • 1058,297,43,166久光官位
  • 970,296,39,39
  • 222,714,50,1366第一章勅使大原重徳の東下第二節幕府の朝旨奉承
  • 228,2388,42,116一一九

類似アイテム