『維新史』 維新史 4 p.667

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尋いで十八日宗城も京都を去つて歸國の途に就いた。, ることが出來るのである。, 月四日、朝廷は慶永・豐信・久光・宗城等に對し、四人が曩に、長州處分・兵庫開港の御沙, 豐信・慶永退京の後、間もなく久光も亦八月十五日病氣療養の爲大坂に去つた。, 等に説諭を加ふべしと御沙汰あらせられた。久光及び宗城は、朝廷の御沙汰に, 永の歸心は矢の如く、遂に八月六日京都を去つたのである。其の前々日即ち八, せられた。朝議に與る公卿の間に、幕府の威勢が如何に熾であつたかを推知す, 將軍の意中にある故、幕府より何分の沙汰をなすであらうと仰せあつて却下さ, は滔々として幕府の施政を奉じて、久光・慶永等の容喙するを許さなかつた。慶, 對して、幕府に上書することは謂れなき旨を、重ねて上書したが、朝廷は、事は凡て, は之を幕府に提出すべしと命ぜられた。, 汰書に疑義を懷ける旨を上書したのに對して、御沙汰あらせられて、斯かる上書, と述べてゐる。以て久光の國事に對する熱意を知ることが出來る。然るに卅, 同時に幕府に對しても、久光, 第十六編第一, 章第一節參照, 四侯の退, 薩越宇十, 京, 第一章討幕運動の展開第一節薩州藩の討幕計書, (島津久光公實紀)

割注

  • 第十六編第一
  • 章第一節參照

頭注

  • 四侯の退
  • 薩越宇十

  • 第一章討幕運動の展開第一節薩州藩の討幕計書
  • (島津久光公實紀)

注記 (21)

  • 347,581,63,1552尋いで十八日宗城も京都を去つて歸國の途に就いた。
  • 594,585,54,732ることが出來るのである。
  • 1415,576,73,2282月四日、朝廷は慶永・豐信・久光・宗城等に對し、四人が曩に、長州處分・兵庫開港の御沙
  • 470,645,68,2228豐信・慶永退京の後、間もなく久光も亦八月十五日病氣療養の爲大坂に去つた。
  • 1059,574,71,2282等に説諭を加ふべしと御沙汰あらせられた。久光及び宗城は、朝廷の御沙汰に
  • 1528,576,73,2279永の歸心は矢の如く、遂に八月六日京都を去つたのである。其の前々日即ち八
  • 715,579,69,2283せられた。朝議に與る公卿の間に、幕府の威勢が如何に熾であつたかを推知す
  • 830,575,70,2283將軍の意中にある故、幕府より何分の沙汰をなすであらうと仰せあつて却下さ
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