『維新史』 維新史 3 p.80

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り、大坂城を拔き、而して後、聖駕を奉じて幕府の罪を問ふべく、是が中策である。, て兵を募り、幕府の罪を問ひ、大坂城を拔いて尊攘を議すべく、是が下策であると, しめ、久光入京せば、幕吏を退け、青蓮院宮の幽閉を解き、聖駕を奉じて大坂城に行, 給ふべく、是が上策である。或は又久光の伏見に到るを俟つて、勅命を下し給ひ、, 幸を仰ぎ、而して後、天皇には親しく兵を函嶺に進めさせられて、幕府の罪を問ひ, なかつたのである。偶〻筑前藩主黒田齊薄は久光の大叔父に當るを以て、參府の, 云ふにあつた。志士の期待する所、畢竟此の三策の何れかを決行するに外なら, 或は又久光入京して近衞家に參候し、幕吏を退け、宮の幽閉を解き、二條城に據つ, の内容は、島津久光の滯坂中、勅命を之に下し給うて、大坂・彦根・二條の三城を攻め, たので、其の氣勢は聊かも衰へることはなかつた。遂に平野國臣は四月八日京, 途次、久光に説いて義擧を阻止させようとしてゐるとの風説が傳はつたので、國, 入京の上、幕吏を退け、宮の幽閉を解き、二條城に據り、朝命を四方に下して兵を募, 臣は四月十二日伊牟田尚平と共に薩州藩邸を去り、翌日久光の使者なりと僞り, 都なる雲華院の候人吉田玄蕃, に「囘天三策」を上り、朝廷への執奏を請うた。其, 義, :重, 天三策, 國臣の囘, 第九編雄藩の國事斡旋, 八〇

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  • 天三策
  • 國臣の囘

  • 第九編雄藩の國事斡旋

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  • 八〇

注記 (21)

  • 936,545,64,2266り、大坂城を拔き、而して後、聖駕を奉じて幕府の罪を問ふべく、是が中策である。
  • 697,551,64,2310て兵を募り、幕府の罪を問ひ、大坂城を拔いて尊攘を議すべく、是が下策であると
  • 1392,551,71,2313しめ、久光入京せば、幕吏を退け、青蓮院宮の幽閉を解き、聖駕を奉じて大坂城に行
  • 1153,541,73,2332給ふべく、是が上策である。或は又久光の伏見に到るを俟つて、勅命を下し給ひ、
  • 1274,546,70,2314幸を仰ぎ、而して後、天皇には親しく兵を函嶺に進めさせられて、幕府の罪を問ひ
  • 457,551,65,2309なかつたのである。偶〻筑前藩主黒田齊薄は久光の大叔父に當るを以て、參府の
  • 575,556,67,2304云ふにあつた。志士の期待する所、畢竟此の三策の何れかを決行するに外なら
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  • 1512,560,72,2298の内容は、島津久光の滯坂中、勅命を之に下し給うて、大坂・彦根・二條の三城を攻め
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