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二秋田口の戰, に至つたのである。, 抑久保田藩は藩祖佐竹義宣遷移の事があつて以來、徳川家と相善からず、加, 島藩主板倉勝尚も亦白河口官軍の軍門に謝罪降伏した。, 内心總督以下の長期滯留を望まず、曩に總督が澤副總督を迎へん事を命ずる, に逃れ、尋いで箱館に奔つた。斯くて福島の賊軍は忽ち瓦解し、九月十五日福, も、之を奉じなかつた。是に於いて總督は更に陣を久保田に轉ぜん事を計る, 勸めたが、拒絶せられるや、乃ち兵を發して之を脅かした。爲に定敬等は仙臺, つた。又總督府の命にょつて本藩と八戸藩とより軍資金一萬兩を獻じたが、, 曩に六月三日盛岡藩は奧羽鎭撫總督九條道孝を盛岡に迎へたが、次いで同, んことを謀つた。是に於いて齊憲は使者を福島に遣し、定敬等に解兵降伏を, 月七日に至り、藩主南部利剛は道孝に〓して書を上り、勤王二心なきことを誓, し、諸藩の兵を糾合して二本松の官軍を撃ち、更に背後より若松城の圍を解か, 盛岡藩の, 態度, の態度, 久保田藩, 第三章東北の戰爭第三節越後口・秋田口の戰, 二八五
頭注
- 盛岡藩の
- 態度
- の態度
- 久保田藩
柱
- 第三章東北の戰爭第三節越後口・秋田口の戰
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- 二八五
注記 (19)
- 1159,958,56,472二秋田口の戰
- 477,531,51,562に至つたのである。
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- 1392,528,62,1710島藩主板倉勝尚も亦白河口官軍の軍門に謝罪降伏した。
- 690,525,68,2318内心總督以下の長期滯留を望まず、曩に總督が澤副總督を迎へん事を命ずる
- 1496,530,70,2328に逃れ、尋いで箱館に奔つた。斯くて福島の賊軍は忽ち瓦解し、九月十五日福
- 575,528,69,2315も、之を奉じなかつた。是に於いて總督は更に陣を久保田に轉ぜん事を計る
- 1610,530,73,2327勸めたが、拒絶せられるや、乃ち兵を發して之を脅かした。爲に定敬等は仙臺
- 805,531,69,2330つた。又總督府の命にょつて本藩と八戸藩とより軍資金一萬兩を獻じたが、
- 1035,593,69,2256曩に六月三日盛岡藩は奧羽鎭撫總督九條道孝を盛岡に迎へたが、次いで同
- 1726,536,66,2322んことを謀つた。是に於いて齊憲は使者を福島に遣し、定敬等に解兵降伏を
- 918,526,69,2326月七日に至り、藩主南部利剛は道孝に〓して書を上り、勤王二心なきことを誓
- 1843,538,66,2315し、諸藩の兵を糾合して二本松の官軍を撃ち、更に背後より若松城の圍を解か
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