『維新史』 維新史 5 p.285

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主張したのである。併し是に對しては、一藩の運命を危くするものとなして, 長州・筑前・佐賀・香春の五藩兵も相合して、其の勢八百餘人に及んだ。, で盛岡を發し。七月朔日恙なく久保田に著した。又澤副總督も能代より歸還, 直ちに之を土崎に移し、更に大館・能代へと轉陣を請うたのである。而して今、, 反對する者が多く、藩内は勤王派と列藩同盟派との二派に分れて激しく相爭, 九條總督より久保田轉陣の報に接するや、藩主佐竹義堯は一たび其の來藩を, に來らん事を要請するに至つた。是に於いて九條總督・醍醐參謀等は相次い, 拒否せるも、後遂に勤王派の獻言を容れ、使者を盛岡に派して總督等の久保田, し、三卿は藩薑明徳館の旅宿に於いて再會し、互に其の無事を喜び、隨從の薩州・, 勤王論者が頗る多く、彼等は此の際奧羽列藩同盟を〓して官軍に投ぜん事を, つた。されば曩に澤副總督を久保田に迎へるや、同藩は列藩の意向を憚つて、, ふるに幕末には國學者平田篤胤が出でて尊王の大義を唱へたので、藩内には, 久保田藩の藩論は、總督到著後と雖も未だ一定しなかつた。會仙臺藩の使, 者志茂又左衞門, 等が久保田に來り、封境に仙臺・米澤・庄内等の諸藩兵を屯集, 明, 實, の久保田, 九條總督, の擧藩勤, 轉陣, 久保田藩, 工, 第十九編戊辰の役, 二八六

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  • の久保田
  • 九條總督
  • の擧藩勤
  • 轉陣
  • 久保田藩

  • 第十九編戊辰の役

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  • 二八六

注記 (25)

  • 1505,536,59,2309主張したのである。併し是に對しては、一藩の運命を危くするものとなして
  • 472,530,59,1985長州・筑前・佐賀・香春の五藩兵も相合して、其の勢八百餘人に及んだ。
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  • 1158,527,60,2339直ちに之を土崎に移し、更に大館・能代へと轉陣を請うたのである。而して今、
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