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いでゐる時、外國と數〓を深くする事を不可とし、使節を派して姑く外患を緩め, 飛報が至つた。茲に於いて長州藩は内外共に、一大難局に逢著したのである。, 州藩に滯留する事となつた。五卿は八月四日三田尻を發して山口に著いた。, 斯くて長州藩は僅かに外, 患を緩める事となり、專ら禁門の變後の對策に腐心した。併し講和に對して異, 夷の先鋒を志す五卿として他藩に移る事は、情義に於いて忍び難く、遂に再び長, 論を唱へるものが少くなく、延いて藩内は盆〻動搖したのである。三條實美等の, 毛利慶親は、藩廳要路を集めて之が對策を凝議し、長州藩が闔藩の力を上國に注, ようとした。翌二十三日更に會議が開かれたが、議半ばにして〓如禁門の變の, 四國聯合艦隊は、八月五日長州藩の諸砲臺を攻撃し、長州藩士は應戰これ努めた, が利あらず、十四日遂に講和するに至つた。, 是より先四國聯合艦隊來襲の報は、長州藩に達した。爲に七月二十二日藩主, 五卿も講和を非とし、再び備前藩に赴かうとしたが、長州藩急進派の諸隊士が、何, 日を以て豐後國姫島沖に集結した。斯かる長州藩の外患を目前にして、もと攘, かつた。此の時に當り、英・佛・米・蘭四國聯合艦隊は相踵いで横濱を解續し、八月二, 第十四編第一, 章第三節參照, 決す, 長州藩の, 藩滯留と, 外患, 五卿長州, 第三章長州藩の恭順謝罪第一節禁門變後の長州藩情, 一五九
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- 第十四編第一
- 章第三節參照
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- 決す
- 長州藩の
- 藩滯留と
- 外患
- 五卿長州
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- 第三章長州藩の恭順謝罪第一節禁門變後の長州藩情
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- 一五九
注記 (24)
- 1181,592,62,2272いでゐる時、外國と數〓を深くする事を不可とし、使節を派して姑く外患を緩め
- 948,586,63,2236飛報が至つた。茲に於いて長州藩は内外共に、一大難局に逢著したのである。
- 1527,581,63,2232州藩に滯留する事となつた。五卿は八月四日三田尻を發して山口に著いた。
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- 1643,581,63,2280夷の先鋒を志す五卿として他藩に移る事は、情義に於いて忍び難く、遂に再び長
- 462,590,66,2279論を唱へるものが少くなく、延いて藩内は盆〻動搖したのである。三條實美等の
- 1297,584,62,2286毛利慶親は、藩廳要路を集めて之が對策を凝議し、長州藩が闔藩の力を上國に注
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