『維新史』 維新史 4 p.18

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一朝命に對する長州藩の態度, 長州藩は末家・家老等を上坂せしめよとの朝命を拜した時、幕府が既に西國十, の如くに裝つてゐたが、内實は平和の解決を熱望してゐた。是に反して長州藩, 一藩に長州藩討伐の密命を下してゐるとの牒報を得たので、愼重に此の召命の, は諸隊兵の上京を抑へて退嬰防守の態度を取つてゐたが、是は實は京坂の情勢, が同藩に有利に展開する時機の到來を待つてゐたのである。, らうから「何時御進發有之候共御事闕ニ不相成やう、銘々覺悟無緩可被申付候事」, 對策を評議した。其の結果、三月十八日には先づ藩内に布告して、其の中末家・家, (浦元襄日記)と申渡した。尋いで大坂藩邸に對して、勅使奉迎所として豫め天王, 老等を上坂せしめるが、引き續いて毛利慶親・定廣父子の内一人が上京するであ, 寺を借り受け置くべしと命じた。蓋し長州藩は、この朝命を機とし、藩内に大擧, 第二節池田屋の變, 長州藩の, 布告, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一八

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  • 長州藩の
  • 布告

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一八

注記 (16)

  • 1003,1021,60,915一朝命に對する長州藩の態度
  • 879,665,70,2220長州藩は末家・家老等を上坂せしめよとの朝命を拜した時、幕府が既に西國十
  • 1713,606,77,2284の如くに裝つてゐたが、内實は平和の解決を熱望してゐた。是に反して長州藩
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  • 1601,606,71,2281は諸隊兵の上京を抑へて退嬰防守の態度を取つてゐたが、是は實は京坂の情勢
  • 1495,603,62,1758が同藩に有利に展開する時機の到來を待つてゐたのである。
  • 412,599,74,2282らうから「何時御進發有之候共御事闕ニ不相成やう、銘々覺悟無緩可被申付候事」
  • 645,597,75,2285對策を評議した。其の結果、三月十八日には先づ藩内に布告して、其の中末家・家
  • 298,592,81,2292(浦元襄日記)と申渡した。尋いで大坂藩邸に對して、勅使奉迎所として豫め天王
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