『維新史』 維新史 1 p.520

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も亦所謂蘭癖家であつて、藩醫全體の反對, 明治元年明治天皇即位式場に備へさせられた。, 長崎に於いてシーボルトと面談した際、其の問答, するに拘はらず、藩内に種痘を行つた。又藩内の金鑛を採掘し、或は博多に製錬, の「南海紀聞」及び「答問十策」の稿者青木定遠を以て此の藩の蘭學の祖とする。天, 意を承けたのであつて、嘉永五年六月此の地球儀を朝廷に獻上した。朝廷では, 閏正月には城下に於いて人體の解剖を行つた。, 知るべきもので、養嗣子齊溥, を蘭學者阿倍龍平の筆記した「下問雜載」は齊清が如何に斯道に通じてゐたかを, 建てたのは、カムチヤッカ迄を日本の地と認めてのことであつたが、齊昭は其の, 所を設置してビードロ等を製造せしめた。自然藩士中蘭學に志す者が多く、か, て、藩士の往來は繋く、且つ藩主黒田齊清の學は本草を主として、動植物より世界, 福岡藩の西洋文化は、其の地が長崎に近く、殊に藩は隔年長崎警衞の任に當つ, 越前大野藩主土井家は、蘭學者鷹見泉石を出した古河藩主の土井家と姻戚の, 保十二年, 關係があつた爲か、越前山中の小藩ながら、夙に蘭學が行はれ、藩主土井利忠は小, 地理に及び、文政十一年, 西暦一八, 島津重豪の, 子、後長溥, 西暦一八, 二八年, 四一年, 福岡藩, 大野藩, 第三編鎖國政策の破綻, 五二二

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  • 西暦一八
  • 島津重豪の
  • 子、後長溥
  • 二八年
  • 四一年

頭注

  • 福岡藩
  • 大野藩

  • 第三編鎖國政策の破綻

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  • 五二二

注記 (27)

  • 913,1672,65,1198も亦所謂蘭癖家であつて、藩醫全體の反對
  • 1499,588,60,1350明治元年明治天皇即位式場に備へさせられた。
  • 1147,1468,65,1404長崎に於いてシーボルトと面談した際、其の問答
  • 802,586,68,2283するに拘はらず、藩内に種痘を行つた。又藩内の金鑛を採掘し、或は博多に製錬
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  • 1600,590,71,2277意を承けたのであつて、嘉永五年六月此の地球儀を朝廷に獻上した。朝廷では
  • 456,1059,62,1351閏正月には城下に於いて人體の解剖を行つた。
  • 926,590,61,794知るべきもので、養嗣子齊溥
  • 1036,592,70,2278を蘭學者阿倍龍平の筆記した「下問雜載」は齊清が如何に斯道に通じてゐたかを
  • 1706,590,74,2274建てたのは、カムチヤッカ迄を日本の地と認めてのことであつたが、齊昭は其の
  • 684,584,73,2285所を設置してビードロ等を製造せしめた。自然藩士中蘭學に志す者が多く、か
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