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烏有に歸した爲、事業は一時中止せられるやうになつた。, 島順輔等を同教授手傳に任じ、五月に天文方所管の洋書飜譯に關する庶務をも, 時宇和島藩雇醫であつた村田藏六即ち後の大村盆二郎, 蕃書調所に移し、單に飜譯に止まらず、洋書の講義をも行はしめ、七月朔日令して, 授くべしと主張した。幕府は此の議を容れて洋學所を創設し、二丸留守居古賀, に設けたが、四月四日に津山藩士箕作阮甫, しようとしたが、偶〻大地震に際會し、江戸小川町にあつた洋學所も火災に罹つて, 旗本子弟の入所を許した。九月二十七日大久保忠寛が同所總裁に就任し、又當, 日附で教授手傳の命を受けた。斯くて翌四年正月十八日に至つて漸く開校の, 調所教授職に補した。又阿州藩士高畠五郎, を廣く飜譯して、更に旗本・御家人・陪臣等にして志ある者を募り、傍ら之に洋學を, 士東條英庵・岡山藩士原田敬策・三田藩士川本幸民・佐倉藩士手塚律藏・安中藩士田, 薩州藩士松木弘安, 翌安政三年二月に至り、幕府は洋學所を蕃書調所と改稱し、館舍も江戸九段坂, 謹一郎, を同所頭取に補し、筒井・川路等に同立會を命じ、漸く飜譯事業に著手, も、十一月十六, 下, 小濱藩士杉田成卿乍を蕃書, 長州藩, 陶藏後寺, 飯田, 周防國鑄錢, 後守, 増後筑, 島宗則, 司村出身, 純, 孺, 町, 處, 道, 蕃書調所, 第三章幕府の庶政改革第一節政治の刷新, 一一九
割注
- 陶藏後寺
- 飯田
- 周防國鑄錢
- 後守
- 増後筑
- 島宗則
- 司村出身
- 純
- 孺
- 町
- 處
- 道
頭注
- 蕃書調所
柱
- 第三章幕府の庶政改革第一節政治の刷新
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- 一一九
注記 (35)
- 1394,557,67,1623烏有に歸した爲、事業は一時中止せられるやうになつた。
- 812,560,72,2282島順輔等を同教授手傳に任じ、五月に天文方所管の洋書飜譯に關する庶務をも
- 466,564,65,1604時宇和島藩雇醫であつた村田藏六即ち後の大村盆二郎
- 696,558,72,2288蕃書調所に移し、單に飜譯に止まらず、洋書の講義をも行はしめ、七月朔日令して
- 1737,552,78,2288授くべしと主張した。幕府は此の議を容れて洋學所を創設し、二丸留守居古賀
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- 580,563,72,2288旗本子弟の入所を許した。九月二十七日大久保忠寛が同所總裁に就任し、又當
- 355,562,68,2280日附で教授手傳の命を受けた。斯くて翌四年正月十八日に至つて漸く開校の
- 1040,558,62,1267調所教授職に補した。又阿州藩士高畠五郎
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- 925,559,73,2288士東條英庵・岡山藩士原田敬策・三田藩士川本幸民・佐倉藩士手塚律藏・安中藩士田
- 1054,1902,56,537薩州藩士松木弘安
- 1272,629,75,2216翌安政三年二月に至り、幕府は洋學所を蕃書調所と改稱し、館舍も江戸九段坂
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