『維新史』 維新史 2 p.391

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

四南紀黨の畫策, 遣して、相識の間柄なる田宮彌太郎, 松平慶永、さては水戸藩士の運動が、安政四年の秋に至つて著しく表面化する, 重ねて慶恕に入説せしめた。時に左内も亦彌太郎に書を送つて、斡旋方を依頼, 議するに至つたのであつた。, て組成せられ、曾ては隱密の間に議してゐたのが、今や政治問題として之を公然, 等とも, したのであつた。又慶永の運動は幕府有司に對しても盛に行はれ、同年十一月, を味方たらしめようとして果さなかつたので、勘定奉行石原甚十郎, 頃平岡圓四郎をして勘定奉行川路聖謨に説かしめ、更に大目付土岐頼旨・目付永, に説かしめ、且つ併せて親書を持たして, 井尚志・同鵜殿長鋭・同岩瀬忠震・箱館奉行堀利熙田安家家老水野忠徳, 意志相通ずるに至つた。斯くして一橋黨は雄藩及び中堅の幕府有司等によつ, 問題亦樂觀を許さざるを見て、其の斡旋をも命じた。又前年尾州藩主徳川慶恕, を尾張に, 招いて、侍讀兼御用掛に拔擢し、意見書・建白書類起草のことに當らしめたが、繼嗣, 篤輝, 如雲, 筑後, 幸, 守, 期, 將軍家と, 紀州家, 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運動, 三九一

割注

  • 篤輝
  • 如雲
  • 筑後

頭注

  • 將軍家と
  • 紀州家

  • 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運動

ノンブル

  • 三九一

注記 (26)

  • 482,976,53,521四南紀黨の畫策
  • 1505,559,57,997遣して、相識の間柄なる田宮彌太郎
  • 360,640,71,2201松平慶永、さては水戸藩士の運動が、安政四年の秋に至つて著しく表面化する
  • 1391,559,70,2285重ねて慶恕に入説せしめた。時に左内も亦彌太郎に書を送つて、斡旋方を依頼
  • 704,564,58,809議するに至つたのであつた。
  • 817,567,72,2274て組成せられ、曾ては隱密の間に議してゐたのが、今や政治問題として之を公然
  • 1066,2659,53,184等とも
  • 1275,567,66,2278したのであつた。又慶永の運動は幕府有司に對しても盛に行はれ、同年十一月
  • 1622,563,64,1930を味方たらしめようとして果さなかつたので、勘定奉行石原甚十郎
  • 1161,564,71,2287頃平岡圓四郎をして勘定奉行川路聖謨に説かしめ、更に大目付土岐頼旨・目付永
  • 1512,1718,60,1126に説かしめ、且つ併せて親書を持たして
  • 1047,562,70,1951井尚志・同鵜殿長鋭・同岩瀬忠震・箱館奉行堀利熙田安家家老水野忠徳
  • 934,560,71,2279意志相通ずるに至つた。斯くして一橋黨は雄藩及び中堅の幕府有司等によつ
  • 1733,562,66,2284問題亦樂觀を許さざるを見て、其の斡旋をも命じた。又前年尾州藩主徳川慶恕
  • 1636,2595,53,242を尾張に
  • 1845,563,68,2276招いて、侍讀兼御用掛に拔擢し、意見書・建白書類起草のことに當らしめたが、繼嗣
  • 1541,1588,39,80篤輝
  • 1496,1590,41,79如雲
  • 1091,2540,42,82筑後
  • 1618,2526,40,37
  • 1051,2541,37,36
  • 1666,2525,36,38
  • 398,304,41,163將軍家と
  • 355,304,38,125紀州家
  • 260,700,50,1508第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運動
  • 274,2343,41,107三九一

類似アイテム