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篤かつた勝野豐作, 得たと告げてゐる。京都に日下部の齎して行つた計畫の詳細は知るを得ない, が、伊三次の素願は三條實萬によつて井伊大老を辭任せしめるか、又は幕府をし, 選ばれた。此の人は、薩州藩士堀仲左衞門の推薦であらうか、仲左衞門が左内へ, 時勢となり」(昨夢紀事)と記してゐる。かくて問題は京都に移つた。, は、江戸を出立して京都に向つたが、是の時幕臣阿倍四郎五郎家來で勤王の志の, づ第一著に然るべき人物を上京させて、一橋黨の勢力を京都に扶植させること, 平岡圓四郎が此の日福井藩邸に來つて、京都の方周旋に遣す人日下部伊三次を, て徳川齊昭・徳川慶恕・松平慶永を赦免せしめるかにあつた。かくて九日伊三次, 薩州藩士・福井藩士及び水戸藩士等の間に計畫されてゐた京都への策動は、先, も亦上京してゐる。, であつた。人選の結果、薩州藩士で水戸藩と縁故の深かつた日下部伊三次翼が, 申し送つてゐる。而して人選は七月二日には既に決定してゐたのであつた。, の書に、「日下身の上に少しも不安に存候儀無御座右等の所は御安慮可被下候」と, 至りて、挽囘の策施さるべき樣なく、纔に〓紳家周旋の一縷を依頼し給へる如き, 臺山, 正道, 日下部伊, 三次の上, 京, 第一章大獄の起因第三節一橋黨及び志士の運動, 五〇七
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- 臺山
- 正道
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- 日下部伊
- 三次の上
- 京
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- 第一章大獄の起因第三節一橋黨及び志士の運動
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- 五〇七
注記 (22)
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- 795,561,60,2277得たと告げてゐる。京都に日下部の齎して行つた計畫の詳細は知るを得ない
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- 1715,564,58,1891時勢となり」(昨夢紀事)と記してゐる。かくて問題は京都に移つた。
- 457,569,58,2268は、江戸を出立して京都に向つたが、是の時幕臣阿倍四郎五郎家來で勤王の志の
- 1482,563,64,2280づ第一著に然るべき人物を上京させて、一橋黨の勢力を京都に扶植させること
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