『維新史』 維新史 2 p.574

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人を拘禁して、豐作の在所を追求し、百方搜索の歩を進めたが、容易に逮捕するこ, の事情を京都の志士に通報し、或は又京情を江戸の同志に報告する等、主として, も拘らず、故あつて水戸に生れて早くより水戸藩に仕へ、豐作亦水戸の諸藩士と, 或は飯泉喜内初筆一件と云つたのは、此の事情に因るのである。, とを得なかつた。喜内は初め土浦藩士であり、伊三次は元來は薩州藩士なるに, 情報連絡の任に當つてゐた。是を以て幕吏の著目する所となり、此の日町奉行, 五郎の家來勝野豐作, めて逃走し、行方を晦すに至つた。幕吏は其の妻娘並びに息森之助・保三郎の兩, 石谷穆清, 多數の關係書類が押收せられ、其の結果一味の行動も暴露し、自然大獄は一〓擴, に上つて三條家家臣の列に加はり、公家家臣と交誼を結び、歸府後も〓りに江戸, 大することとなつた。當時江戸に於いては、大獄を稱して飯泉喜内御吟味一件、, 越えて同月二十七日には薩州藩士日下部伊三次翼が捕へられ、旗本阿倍四郎, は親縁の間柄であつた。幕府が如何に水戸を以て陰謀の根源なりと曲解して, も亦捕へられようとしたが、豐作は巧に捕吏の目を掠, の手に依つて捕縛せられたのであつた。而して家宅搜索の結果、, 因幡, 正道, 臺山, 守, 日下部伊, 豐作の失, 三次の捕, 縛と勝野, 踪, 第六編戊午の大獄と其の反動, 五七四

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  • 因幡
  • 正道
  • 臺山

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  • 日下部伊
  • 豐作の失
  • 三次の捕
  • 縛と勝野

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 五七四

注記 (27)

  • 579,559,59,2285人を拘禁して、豐作の在所を追求し、百方搜索の歩を進めたが、容易に逮捕するこ
  • 1614,568,60,2277の事情を京都の志士に通報し、或は又京情を江戸の同志に報告する等、主として
  • 346,561,58,2284も拘らず、故あつて水戸に生れて早くより水戸藩に仕へ、豐作亦水戸の諸藩士と
  • 1041,565,55,1824或は飯泉喜内初筆一件と云つたのは、此の事情に因るのである。
  • 461,560,60,2282とを得なかつた。喜内は初め土浦藩士であり、伊三次は元來は薩州藩士なるに
  • 1498,562,60,2288情報連絡の任に當つてゐた。是を以て幕吏の著目する所となり、此の日町奉行
  • 810,566,56,585五郎の家來勝野豐作
  • 694,566,58,2281めて逃走し、行方を晦すに至つた。幕吏は其の妻娘並びに息森之助・保三郎の兩
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  • 1155,565,59,2296大することとなつた。當時江戸に於いては、大獄を稱して飯泉喜内御吟味一件、
  • 923,633,58,2211越えて同月二十七日には薩州藩士日下部伊三次翼が捕へられ、旗本阿倍四郎
  • 230,564,61,2277は親縁の間柄であつた。幕府が如何に水戸を以て陰謀の根源なりと曲解して
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