『維新史』 維新史 2 p.575

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水戸藩に對する壓迫は依然繼續せられ, もあつて、連累者は多數に上つたのである。, の如く、特に七月上旬よりは重い風邪と下痢とに冒されて臥床し、九月中旬頃に, は、時局に對して寧ろ靜觀の態度を執つて、只管疑惑を避けようとしてゐたもの, 江戸に於いて最も注目に値するのは、十月二十三日橋本左内が召喚せられた, 一事であつた。左内は藩主松平慶永が幕譴を蒙つて隱居謹愼を命ぜられた後, たのを連行し、町奉行は伊三次・三穗介・豐作・喜内等との交友關係に就いて取調べ, たが、即夜一先づ歸宅を許した。越えて十五日に重ねて水戸藩に對して、藩士杉, 預等に附したが、其の内には上記の諸士の外に、其の姻戚・朋友・家僕、果ては妻娘等, た。尋いで十八日には從來捕縛せる者の處斷を決して、改預・牢屋敷預・改牢屋敷, に對し、藩士太宰清右衞門・同木村三穗介を町奉行所に出頭せしむべきを命じ、, ゐたかは、三人を拘引せる事實に依つても知ることを得るのである。, 浦仁右衞門の出頭を命じ、, が寛永寺眞如院に於いて講釋中であつ, 爾來江戸に於ける檢擧は疾風迅雷の勢を以て進展し、十月三日幕府は水戸藩, 翌四日夜には儒者藤森大雅, 明なるを答申す, 水戸藩其の行方不, 藩は兩人失踪, の旨を答申す, 庵, 戸, 弘, 水, 橋本左内, の動靜, 第三章大獄第二節志士の逮捕, 五七五

割注

  • 明なるを答申す
  • 水戸藩其の行方不
  • 藩は兩人失踪
  • の旨を答申す

頭注

  • 橋本左内
  • の動靜

  • 第三章大獄第二節志士の逮捕

ノンブル

  • 五七五

注記 (28)

  • 1171,1711,59,1131水戸藩に對する壓迫は依然繼續せられ
  • 817,563,57,1210もあつて、連累者は多數に上つたのである。
  • 352,571,64,2270の如く、特に七月上旬よりは重い風邪と下痢とに冒されて臥床し、九月中旬頃に
  • 470,568,63,2271は、時局に對して寧ろ靜觀の態度を執つて、只管疑惑を避けようとしてゐたもの
  • 700,631,65,2212江戸に於いて最も注目に値するのは、十月二十三日橋本左内が召喚せられた
  • 586,578,63,2269一事であつた。左内は藩主松平慶永が幕譴を蒙つて隱居謹愼を命ぜられた後
  • 1395,561,64,2270たのを連行し、町奉行は伊三次・三穗介・豐作・喜内等との交友關係に就いて取調べ
  • 1281,561,62,2282たが、即夜一先づ歸宅を許した。越えて十五日に重ねて水戸藩に對して、藩士杉
  • 936,559,66,2286預等に附したが、其の内には上記の諸士の外に、其の姻戚・朋友・家僕、果ては妻娘等
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