『維新史』 維新史 2 p.678

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となつたのであらう。, 人物を檢索したので、江戸の藩邸と藩廳とが互に差遣する使者は屡〻此の地に於, いて抑留せられた。又大日本至大至忠楠公招魂表と大書せる一大木標を建て, 察し、是より先正月十三日藩若年寄大森多膳等を長岡に出張せしめて、激派に退, 感を増す所以であつた。彼等は江水街道に屯集して處々に篝火を焚き、往還の, 散を懇諭し、又二十九日激派の父兄或は親族の手を藉り、各〻本人に退散すべきを, 久木直次郎が退城の際、一刺客の闇夜に紛れて之を途に要し、短槍一閃遂に傷を, て氣勢を添へ、其の人員も漸く増加し、就中家中小身の者或は次男三男より郷士, 諭さしめたのであつたが、激派は固く奉勅の大義を持せんことを主張して、容易, に之を聽き入れようとはしなかつた。故に齊昭は謹愼中なるにも拘らず、晦日, 水戸藩は長岡勢を鎭定するに非れば、到底勅〓返納の目的を達し難いことを, 農兵の輩が最も多數を占め、勢は猖獗を極めたのであつた。二月十四日側用人, 被らしめたのも、彼が勅諚の返納に周旋したとの嫌疑を受けた爲、激派の狙ふ所, 齊昭の名を以て、大寄合頭以下士分以上の者を弘道館に召集し、勅諚返納の已む, 郎の遭難, 處分, 長岡勢の, 久木直次, 第六編戊午の大獄と其の反動, 六七八

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  • 郎の遭難
  • 處分
  • 長岡勢の
  • 久木直次

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 六七八

注記 (20)

  • 923,571,52,595となつたのであらう。
  • 1610,572,57,2266人物を檢索したので、江戸の藩邸と藩廳とが互に差遣する使者は屡〻此の地に於
  • 1501,578,57,2260いて抑留せられた。又大日本至大至忠楠公招魂表と大書せる一大木標を建て
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