『維新史』 維新史 2 p.786

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とそ異國人みな〳〵退散いたし、關東おたやかになり候上にも候ハヽ參り候へ, 書を上られたのである。, 趣意書を更に議奏飛鳥井雅典をして淨書せしめ、即ち前書には「若狹守内談之上, 御治定、若勅使六个敷ハ、若州ニ一先關東へ下向、此趣可申聞事」とあつたのを、「應接, 共、さも無ては此縁たん御理仰遣され候樣、何とそ〳〵よろしく願上參候」との答, 御前に於いて執筆せる御趣意書及び老中奉書・所司代の副書等を和宮に上つて, 委細言上に及んだ。和宮には當初より進み給はぬ御縁談であつたので、翌日「何, 朝議は和宮關東下向を延期することに決したので、武家傳奏廣橋光成・同坊城, 關東へ勅使被立度、此旨若狹守へ可申聞御沙汰候事」と緩和し、光成・俊克をして忠, 之事筆談ニテ角立チ候テハ、公武御合體之邊ニモ拘リ候儀故、若狹守へ篤ト申含、, と稱して會見を辭した。是に於いて天皇は、先に建通をして認めさせられた御, 俊克は忠義と會談して之を傳へようとしたが、二日忠義は早くも之を察して疾, 下向被仰付度思食候得共、段々丹誠之事共モ有之、甚氣毒ニ被思食候間、公卿之内, 義に授けしめられた。忠義は猶も病に託して、未だ四五日間は面會し難く、追つ, 第七編公武合體の氣運, 七八六

  • 第七編公武合體の氣運

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  • 七八六

注記 (16)

  • 1504,590,63,2270とそ異國人みな〳〵退散いたし、關東おたやかになり候上にも候ハヽ參り候へ
  • 1282,589,53,670書を上られたのである。
  • 811,587,67,2277趣意書を更に議奏飛鳥井雅典をして淨書せしめ、即ち前書には「若狹守内談之上
  • 697,587,63,2277御治定、若勅使六个敷ハ、若州ニ一先關東へ下向、此趣可申聞事」とあつたのを、「應接
  • 1387,589,65,2279共、さも無ては此縁たん御理仰遣され候樣、何とそ〳〵よろしく願上參候」との答
  • 1736,589,62,2285御前に於いて執筆せる御趣意書及び老中奉書・所司代の副書等を和宮に上つて
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