『維新史』 維新史 2 p.859

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グローは之を肯かず、種々折衝の結果、翌十五日品川に於いて佛國國書の授受を, 上府を要求すれば、神奈川沖に碇泊するやうに諭すべし」と。, 強硬に談判開始を主張すれば、極力彼を下田に滯留せしめ、尚是に承服せずして, に赴き、將軍の薨去、コレラ病流行を辭柄として、其の上陸を拒絶しようとしたが、, 川沖に入港した。茲に於いて翌十四日、曩に佛國使節應接の幕命を受けてゐた, の喪中なれば、成るべく中陰後再渡來の上にて條約談判を行ふべく、若し使節が, 書を中村時萬に送つて佛國使節應接の指針を與へた。即ち曰く「現在將軍家定, なすことを約した。即ち八月十五日、忠徳・尚志・清直等は品川の本陣に於いて、佛, 併し素よりグローは徒らに下田に留るを欲せず、下田を去つて同月十三日品, 國使節二等書記官コンタード等と會見し、國書及び使節の書翰を受領した。, 外國奉行水野忠徳・永井尚志・井上清直・堀利熙・岩瀬忠震及び目付津田正路は佛艦, 佛國國書とは佛國皇帝ナポレオン三世の書翰であつて、安政四年六月十五日, の日附を有し、其の要旨は「佛國は日本との親交を望み、通商條約を締結, せんと欲す。兩國が條約を締結するは、相互の利盆を齎すが故に、茲にグロー男, 年八月四日, 西暦一八五七, 書翰, ナポレオ, 品川入港, ン三世の, 第八編外交の推移, 八六〇

割注

  • 年八月四日
  • 西暦一八五七

頭注

  • 書翰
  • ナポレオ
  • 品川入港
  • ン三世の

  • 第八編外交の推移

ノンブル

  • 八六〇

注記 (22)

  • 812,571,64,2286グローは之を肯かず、種々折衝の結果、翌十五日品川に於いて佛國國書の授受を
  • 1391,574,58,1691上府を要求すれば、神奈川沖に碇泊するやうに諭すべし」と。
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  • 927,576,62,2289に赴き、將軍の薨去、コレラ病流行を辭柄として、其の上陸を拒絶しようとしたが、
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  • 1616,582,60,2272の喪中なれば、成るべく中陰後再渡來の上にて條約談判を行ふべく、若し使節が
  • 1733,573,61,2283書を中村時萬に送つて佛國使節應接の指針を與へた。即ち曰く「現在將軍家定
  • 698,575,61,2280なすことを約した。即ち八月十五日、忠徳・尚志・清直等は品川の本陣に於いて、佛
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