『維新史』 維新史 2 p.861

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と記してゐるのに徴しても明瞭である。, た。而してグローの態度は極めて穩和であつて、爲に彼我の商議は何等困難な, 崎を經て清國に赴いた。, 行はれた。これ即ち最初の日佛條約である。超えて九月五日グローは眞福寺, 了を大老井伊直弼に報じた書翰に、, く成立したのである。是は八月二十一日に、老中脇坂安宅がグローとの應接終, 斯くの如くにして、安政五年六月十九日、日米修好通商條約の調印が行はれて, 斯くて九月三日に至り、日佛修好通商條約二十二箇條、貿易章程七則の調印が, 義無之、人物は英亞兩國と違ひ、至ふ温順柔和にて對談振も丁寧ニ御座候。, を出でて歸艦し、翌六日朝佛國艦隊は品川沖を拔錨、舳艫相銜んで外洋に去り、長, より三箇月足らずの間に、蘭・露・英・佛四國との條約が相次いで締結せられるに至, 扠今日佛人之應接無滯相濟、只今一同退散ニ相成先々安心仕候。何も六ケ敷, つた。而して此等條約の商議に當つて、其の折衝は孰れも圓滑に進行して、短時, (井伊家祕書集録), 五國條約, 第八編外交の推移, 八六二

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  • 五國條約

  • 第八編外交の推移

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  • 八六二

注記 (17)

  • 1035,575,55,1142と記してゐるのに徴しても明瞭である。
  • 1721,589,65,2270た。而してグローの態度は極めて穩和であつて、爲に彼我の商議は何等困難な
  • 578,569,53,671崎を經て清國に赴いた。
  • 800,567,61,2291行はれた。これ即ち最初の日佛條約である。超えて九月五日グローは眞福寺
  • 1498,577,57,1008了を大老井伊直弼に報じた書翰に、
  • 1609,580,62,2284く成立したのである。是は八月二十一日に、老中脇坂安宅がグローとの應接終
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