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互に其の所有權の主張を讓らなかつた。, のであつた。當時の政局は甚だ多事であつたが、幕府は之を放置すべからずと, 港に寄港した際、同島に於ける彼の行爲に對して抗議を行つた。ペリーは日本, のペリーの行動に對して、前布哇英國領事シンプソンは、同島の英領たるべき事, の購入等を行つたが, と、其の價値に就いて本國政府に進言し、又英國香港總督ボンナムは、ペリーが香, 國が此の島に著目してゐる事を知り、歸朝するや、同島の囘收を幕府に上申した, 去つた。尋いで天保元年, の先取權主張は之を認容するも、英國の主張には反對であると答へ、英米兩國は, 米國人ナザニエル、サヴォリは英國人・丁抹國人, して、住民に農具種子等を與へ、サヴオリに同島の管理を命じたのであつた。此, 等五名及び布哇土人十七人を伴つて此の島に移住した。嘉永六年に至り、米國, 使節ペリーは我が國を訪問の途次同島に到り、同地に貯炭所を設ける爲に敷地, 時に遣米使節及び木村喜毅・勝麟太郎等は、同島に外國人が移住し、且つ英米兩, 年六月十四日、國王ジョージ四世の爲に此の群島を占領す」との銅牌を殘留して, 翌年更にペリーは軍艦マセドニアン號を派遣, 三章第一節參照, 西暦一八, 三〇年, 第一卷第三編第, 拓を企つ, 幕府再開, 第二章幕府の對外工作第一節遣米使節と小笠原島の再開拓, 九一七
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- 三章第一節參照
- 西暦一八
- 三〇年
- 第一卷第三編第
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- 拓を企つ
- 幕府再開
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- 第二章幕府の對外工作第一節遣米使節と小笠原島の再開拓
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- 九一七
注記 (24)
- 659,562,64,1143互に其の所有權の主張を讓らなかつた。
- 319,574,65,2268のであつた。當時の政局は甚だ多事であつたが、幕府は之を放置すべからずと
- 889,556,69,2279港に寄港した際、同島に於ける彼の行爲に對して抗議を行つた。ペリーは日本
- 1120,558,71,2276のペリーの行動に對して、前布哇英國領事シンプソンは、同島の英領たるべき事
- 1346,559,57,582の購入等を行つたが
- 1005,555,69,2283と、其の價値に就いて本國政府に進言し、又英國香港總督ボンナムは、ペリーが香
- 433,569,66,2273國が此の島に著目してゐる事を知り、歸朝するや、同島の囘收を幕府に上申した
- 1689,547,59,721去つた。尋いで天保元年
- 773,564,72,2270の先取權主張は之を認容するも、英國の主張には反對であると答へ、英米兩國は
- 1700,1492,59,1329米國人ナザニエル、サヴォリは英國人・丁抹國人
- 1234,558,70,2274して、住民に農具種子等を與へ、サヴオリに同島の管理を命じたのであつた。此
- 1574,544,72,2285等五名及び布哇土人十七人を伴つて此の島に移住した。嘉永六年に至り、米國
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- 548,631,65,2207時に遣米使節及び木村喜毅・勝麟太郎等は、同島に外國人が移住し、且つ英米兩
- 1799,549,73,2268年六月十四日、國王ジョージ四世の爲に此の群島を占領す」との銅牌を殘留して
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