『維新史』 維新史 1 p.555

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更に進んで二見港に米國植民地開拓の積極的計畫を抱懷するに至つた。彼が, た。斯くて種々中山府と折衝の結果、總理官摩文仁按司, する精密な調査を遂行した。, 月八日父島の二見港, 海軍省への上申書にも、太平洋航路汽船の碇泊港として那覇及び小笠原諸島を, 訪問し、總理官・布政官等と公式會見を行ひ、修交の希望を述べる所があつた。一, 適當な地點を選定し、先住米國人ナザニエル、サヴオリより所要の敷地を買收し、, 灣の測量をも行つた。尋いで碇泊港に必要な役所・倉庫・貯炭所等を建設するに, な碇泊所となるべき事を豫想し、サスクエハナ號・サラトガ號の二艦を率ゐて、五, に投錨し、踏査隊を派して島内の調査を爲すと共に、港, 師にして醫師たる英人ベッテルハイムの來訪を受けて、琉球の國情を詳かにし, 方琉球島内及び海岸一帶に亙り、探險隊を派遣して、自然科學及び人文科學に關, 然るに又ペリーは小笠原諸島が早晩開始せらるべき太平洋汽船航路の重要, 來、琉球中山府が其の退去を懇請したにも拘はらず、強ひて同地に滯留中の、宣教, に反對するにも拘はらず、遂に四月晦日、二百餘名の衞兵を引率して、首里王城を, 等の當路者が頻り, ド港, 尚大, 謨, ロイ, 第三章開國第一節ペリーの來航と其の使命, 五五七

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  • ド港
  • 尚大
  • ロイ

  • 第三章開國第一節ペリーの來航と其の使命

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  • 五五七

注記 (22)

  • 505,585,60,2272更に進んで二見港に米國植民地開拓の積極的計畫を抱懷するに至つた。彼が
  • 1653,584,59,1586た。斯くて種々中山府と折衝の結果、總理官摩文仁按司
  • 1190,580,58,792する精密な調査を遂行した。
  • 846,586,53,588月八日父島の二見港
  • 394,580,61,2274海軍省への上申書にも、太平洋航路汽船の碇泊港として那覇及び小笠原諸島を
  • 1424,578,62,2249訪問し、總理官・布政官等と公式會見を行ひ、修交の希望を述べる所があつた。一
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  • 729,583,58,2267灣の測量をも行つた。尋いで碇泊港に必要な役所・倉庫・貯炭所等を建設するに
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