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氣を御示可有御座儀与奉存候」(高麗環雜記)と結論して、これのみは平和の處置を, 深き注意を拂ひ、何れ江戸灣に航行するであらうと豫期して、嘉永六年五月江戸, て七月二十九日に幕府の諮詢に對して答申した。其の大意は「目下海防手薄の, 衞士を江戸に出向せしめ、一方同志の福井藩主松平慶永・尾州藩主徳川慶恕等に, 月初旬には可參やと存申候間、浦賀へも手を〓はし、樣子萬々承り候樣」と述べて、, より歸藩の途上二十九日付藤井宿より江戸薩邸家老末川近江に書を送つて「六, 望んでゐる。, 國への答書は一箇年も延期し、其の間に海防の手當をなす事等であつた。而し, 書を送つて所見を陳述した。其の意見は海防の總裁に徳川齊昭を登用する事、, 航の報知が鹿兒島に達した時、齊彬は領内巡視中であつたが、急ぎ鹿兒島に歸り、, 佛・英・露・米諸國に對して到底對抗し得ざる事、軍艦造立目下第一の要務たる事、米, 江戸田町附近の警衞等に就いても注意を促す處があつた。ペリーが浦賀に來, 薩州藩主島津齊彬はペリーが琉球に對して交渉を開始して以來、彼の行動に, 折柄必勝は到底覺束ない。併し彼の願意を聽屆けるに於いては戰爭を厭ひた, の意見, 薩州藩主, 第四編開港對策, 八四
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- の意見
- 薩州藩主
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- 第四編開港對策
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- 八四
注記 (18)
- 1728,581,60,2294氣を御示可有御座儀与奉存候」(高麗環雜記)と結論して、これのみは平和の處置を
- 1385,583,61,2286深き注意を拂ひ、何れ江戸灣に航行するであらうと豫期して、嘉永六年五月江戸
- 352,585,60,2281て七月二十九日に幕府の諮詢に對して答申した。其の大意は「目下海防手薄の
- 809,579,61,2292衞士を江戸に出向せしめ、一方同志の福井藩主松平慶永・尾州藩主徳川慶恕等に
- 1156,582,59,2304月初旬には可參やと存申候間、浦賀へも手を〓はし、樣子萬々承り候樣」と述べて、
- 1271,586,58,2285より歸藩の途上二十九日付藤井宿より江戸薩邸家老末川近江に書を送つて「六
- 1622,586,52,331望んでゐる。
- 465,581,62,2287國への答書は一箇年も延期し、其の間に海防の手當をなす事等であつた。而し
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- 1486,333,39,119の意見
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