『維新史』 維新史 4 p.384

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陳述した爲、昌義は止むなく同地に滯在したのである。, も亦同意を上申したので, を命じた。三月十四日龍野藩主脇坂安斐, 州藩の出兵に拘泥せず、龍野・宇和島・大洲の三藩兵によつて事に當るべきを命じ, で上京し、徳川慶勝と會して、援助を請はんとしたが、既述の如く慶勝は二十六日, したのである。是より先、薩州藩士西郷吉之助, 京都を發して歸藩した爲、空しく大坂に歸つた。是に於いて幕府は昌義等に、尾, た。然るに三藩は各〻書を昌義に送り、長州藩父子の江戸護送の困難なる事情を, ある。, 召致せんとしてゐた際、薩州藩士等は〓りに朝廷に入説して、幕府の行動を牽制, 斯くの如く幕府がひたすら自己の權威の恢復を圖り、長州藩主父子を江戸に, 塚原昌義・御手洗幹一郎は、三月六日江戸を發し、二十二日大坂に著した。尋い, や藩地に歸り、大久保一藏, は、第一囘征長の役の終了する, は、長州藩主父子江戸召致の困難, なる旨を上書し、尋いで十八日藝州藩主淺野茂長, 等と今後の對策に就いて協議した。吉之助等は幕, 府が強硬な態度を以て長州藩に臨まんとするのを見て、諸雄藩と聯合して幕府, 淡路, 通, 安藝, 利, 守, 盛, 隆, 守, の態度, 薩州藩の, 態度, 下と諸藩, 昌義の西, 第十五編第二囘征長の役, 三八四

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  • 淡路
  • 安藝

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  • の態度
  • 薩州藩の
  • 態度
  • 下と諸藩
  • 昌義の西

  • 第十五編第二囘征長の役

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  • 三八四

注記 (33)

  • 805,570,57,1552陳述した爲、昌義は止むなく同地に滯在したのである。
  • 1618,2133,54,716も亦同意を上申したので
  • 1737,578,58,1200を命じた。三月十四日龍野藩主脇坂安斐
  • 1033,568,59,2280州藩の出兵に拘泥せず、龍野・宇和島・大洲の三藩兵によつて事に當るべきを命じ
  • 1262,572,60,2281で上京し、徳川慶勝と會して、援助を請はんとしたが、既述の如く慶勝は二十六日
  • 457,577,56,1322したのである。是より先、薩州藩士西郷吉之助
  • 1147,576,58,2273京都を發して歸藩した爲、空しく大坂に歸つた。是に於いて幕府は昌義等に、尾
  • 919,573,57,2277た。然るに三藩は各〻書を昌義に送り、長州藩父子の江戸護送の困難なる事情を
  • 1498,577,49,129ある。
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  • 688,637,58,2212斯くの如く幕府がひたすら自己の權威の恢復を圖り、長州藩主父子を江戸に
  • 1379,637,58,2214塚原昌義・御手洗幹一郎は、三月六日江戸を發し、二十二日大坂に著した。尋い
  • 334,570,56,724や藩地に歸り、大久保一藏
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