『維新史』 維新史 3 p.368

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あると述べた。翌九日慶喜・慶永・豐信及び池田慶徳, の下に起るも計り難い。よつて「何卒唯今之内於朝廷攘夷緩急之御基本ハ勿論、, 上速かに應接に及ぶべき旨書面を提出したが、關白は翌十日其の期日を三月下, 庶政確乎ト明瞭之御處置被相定、下情不擁塞達叡聞萬事隱微之儀無之、著實明白, 循の説を言上した際、朝議是に雷同せられては、目下諸藩士京都に輻輳して勤王, 攘夷期限に就いて協議を遂げた末、關白邸に到り、攘夷拒絶は將軍江戸に東歸の, ニ有之候樣仕度存候」(實麗卿記)と述べ、更に時弊を痛論し、從來の如き因循の弊風, 宣嘉等十二人は、書を中川宮, の志が一定してゐる際であるから、狐疑異論等が紛起して、自然暴激の事が〓轂, を一洗するのでなければ、皇國は犬羊蹂躪の街となるであらう、實に悲歎至極で, 旬とか四月とか明確に答申するが然るべしと注意した。此の日議奏・武家傳奏, ことを建言した。其の文意は、近々將軍等は上洛するであらうが、萬々一幕府因, は慶永の館に於いて、, び議奏・武家傳奏兩役に呈して、庶政を刷新して速かに攘夷の國策を決せられん, 同姉小路公知・修理權大夫壬生基修・侍從四條隆語・大和權介錦小路頼徳・主水正澤, 關白鷹司輔熙・前關白近衞忠熙及, 朝彦親王、青蓮院宮正月, 二十九日還俗宮號を賜ふ, 相模守, 因州藩主, 攘夷期日, 決定の督, 促, 第一章尊攘運動の極盛第一節尊攘氣勢の高潮, 三六九

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  • 朝彦親王、青蓮院宮正月
  • 二十九日還俗宮號を賜ふ
  • 相模守
  • 因州藩主

頭注

  • 攘夷期日
  • 決定の督

  • 第一章尊攘運動の極盛第一節尊攘氣勢の高潮

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  • 三六九

注記 (25)

  • 713,532,66,1488あると述べた。翌九日慶喜・慶永・豐信及び池田慶徳
  • 1181,546,68,2314の下に起るも計り難い。よつて「何卒唯今之内於朝廷攘夷緩急之御基本ハ勿論、
  • 458,530,77,2304上速かに應接に及ぶべき旨書面を提出したが、關白は翌十日其の期日を三月下
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