『維新史』 維新史 3 p.536

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

に使せしめた。, なかつたので、三月二十八日一行は空しく歸藩したのであつた。, に應じて上洛してゐたので、久光を始め同藩の要路は殆んど藩地に在らずして、, 和泉は充分入説を同藩に行ひ得なかつたのである。又薩州藩の藩情は、久光の, 今の要務を尋ねた。和泉は薩州藩と提携して、勤王の實を擧ぐべきを切言し、論, 受け入れる事なく、更に正使不破左門も守舊説を懷き、和泉と同一の歩調をとら, び門下生原道太等も亦隨行して鹿兒島に向つた。會〻島津久光は三月四日朝召, 自重・公武合體の意見に制せられてゐたので、和泉の懷く最も激越な急進意見を, を藩主に呈して、速かに藩是を尊攘に定められん事を請うた。藩主慶頼も此の, 書を得て動かされる所があり、二月二十二日和泉を召し、左右を別室に退けて、當, 此の時に當り、在京の尊攘志士は、和泉の解囚を聞いて鶴首して其の上京を待, は和泉一人に限られ、又久留、米藩の藩是も確立してゐなかつたので、和泉は一書, は時餘に及んだ。慶頼も其の言を容れ、要路の有司を擧げて、和泉と共に薩州藩, 三月十二日不破左門, は正使となり、和泉は副使となつて從ひ、季男菊四郎及, 美, 作, 和泉封事, 和泉薩州, を上る, 藩に使す, 第三章八月十八日の政變第一節急進派の討幕計畫, 五三七

割注

頭注

  • 和泉封事
  • 和泉薩州
  • を上る
  • 藩に使す

  • 第三章八月十八日の政變第一節急進派の討幕計畫

ノンブル

  • 五三七

注記 (23)

  • 1258,563,57,401に使せしめた。
  • 437,565,62,1839なかつたので、三月二十八日一行は空しく歸藩したのであつた。
  • 900,563,63,2312に應じて上洛してゐたので、久光を始め同藩の要路は殆んど藩地に在らずして、
  • 784,563,64,2296和泉は充分入説を同藩に行ひ得なかつたのである。又薩州藩の藩情は、久光の
  • 1502,558,66,2306今の要務を尋ねた。和泉は薩州藩と提携して、勤王の實を擧ぐべきを切言し、論
  • 553,558,61,2304受け入れる事なく、更に正使不破左門も守舊説を懷き、和泉と同一の歩調をとら
  • 1017,560,64,2307び門下生原道太等も亦隨行して鹿兒島に向つた。會〻島津久光は三月四日朝召
  • 668,559,65,2306自重・公武合體の意見に制せられてゐたので、和泉の懷く最も激越な急進意見を
  • 1746,562,65,2296を藩主に呈して、速かに藩是を尊攘に定められん事を請うた。藩主慶頼も此の
  • 1624,556,66,2310書を得て動かされる所があり、二月二十二日和泉を召し、左右を別室に退けて、當
  • 317,630,64,2238此の時に當り、在京の尊攘志士は、和泉の解囚を聞いて鶴首して其の上京を待
  • 1871,567,64,2293は和泉一人に限られ、又久留、米藩の藩是も確立してゐなかつたので、和泉は一書
  • 1382,564,66,2304は時餘に及んだ。慶頼も其の言を容れ、要路の有司を擧げて、和泉と共に薩州藩
  • 1136,630,57,593三月十二日不破左門
  • 1139,1313,62,1550は正使となり、和泉は副使となつて從ひ、季男菊四郎及
  • 1167,1242,41,38
  • 1121,1241,41,36
  • 337,298,42,173和泉封事
  • 1128,296,40,169和泉薩州
  • 293,300,38,122を上る
  • 1082,295,42,169藩に使す
  • 211,710,51,1367第三章八月十八日の政變第一節急進派の討幕計畫
  • 220,2375,42,126五三七

類似アイテム