『維新史』 維新史 3 p.679

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に、諸事腹藏なく申出づるやうにとの意を告げた。, ト百姓トニ背ンコトヲ恐ル。就中嘉永六年以來、洋夷〓ニ猖獗來港シ、國體殆, 城に召し、右大臣陞任の旨を告げて之を饗したが、後島津久光及び松平慶永・伊達, 賜つた。即ち其の御文言は、, 議し奉つた。されば正月二十二日、將軍は在京の諸大名並びに幕府有司を二條, 宗城をして、特に前日賜つた宸翰を拜せしめて、將軍は深く彼等に倚頼するが故, ト云ヘカラス。諸價沸騰シ生民塗炭ニ困ム。天地鬼神、夫朕ヲ何トカ云ン。, 鳴呼是誰ノ過ソヤ。夙夜是ヲ思テ止コト能ハス。嘗テ列卿武將ト是ヲ議セ, 餘人を隨へて參内し、小御所に於いて龍顏を咫尺の間に拜し奉り、重ねて宸翰を, とて、將軍入京せば特に優渥なる宸翰を賜つて、之を諭旨あらせられんことを建, 朕不肖ノ身ヲ以、夙ニ天位ヲ踐ミ、忝モ萬世無缺ノ金甌ヲ受ケ、恆ニ寡徳ノ、先皇, 尋いで正月二十七日、將軍は御召に依つて、再び慶喜以下在京の大名・高家四十, シテ、大下挽囘ノ道ヲ開ク可キ歟。, シム。如何セン昇平二百有餘年、威武ノ以外寇ヲ制壓スルニ足ラサルコトヲ。, シテ、天下挽囘ノ道ヲ開ク可キ歟。(島津久光公實紀), (島津久光公實紀), 正月二十, 七日の辰, 翰, 第十二編公武合體運動の進展, 六八〇

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  • 正月二十
  • 七日の辰

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六八〇

注記 (21)

  • 1159,563,67,1430に、諸事腹藏なく申出づるやうにとの意を告げた。
  • 553,639,76,2227ト百姓トニ背ンコトヲ恐ル。就中嘉永六年以來、洋夷〓ニ猖獗來港シ、國體殆
  • 1380,557,79,2307城に召し、右大臣陞任の旨を告げて之を饗したが、後島津久光及び松平慶永・伊達
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