『維新史』 維新史 3 p.687

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月二十七日に賜つた宸翰及び將軍の奉答書を示した。, に鎖港談判使節の派遣を述べたのみで、其の成功を必するが如き、強き決意は表, 然るに奉答書には、横濱鎖港に就いて「何分ニモ成功仕度奉存候得共」と記し、單, 宗城・同島津久光も之に陪列した。其の席上鎖港論を主張する慶喜に對して、久, 循なる幕吏の手にのみ成つて、參豫諸大名の評議を經てゐないであらうと疑つ, 朝議は大いに紛糾した。尚此の日幕府は、在京の諸大名を二條城に召集して、正, 給はぬ叡慮に背くであらうと駁し、彼等の所見が互に齟齬することが暴露して、, 光・宗城は、横濱を閉鎖すれば忽ち外國と戰端が開かれ、是は無謀の攘夷を好ませ, 明してゐなかつた。此の點に關して内大臣近衞忠房は疑義を挿み、奉答書が因, 大寺公純及び近衞忠房が參集し、將軍後見職一橋慶喜以下參豫松平慶永・同伊達, た。茲に於いて翌十五日朝議が開かれ、朝彦親王・晃親王・關白二條齊敬・右大臣徳, 慶喜及び幕府有司は、參豫諸大名の反對するにも拘らず、依然として横濱鎖港, の方針を枉げず、十九日に至つて將軍は、, 去ル十四日差上候勅答書之内、横濱鎖港之一條、御請振不分明ニ被思召候由、慶, 義, 奉答書に, 對する疑, 攘夷問題, の局限, 第十二編公武合體運動の進展, 六八八

頭注

  • 奉答書に
  • 對する疑
  • 攘夷問題
  • の局限

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六八八

注記 (21)

  • 586,554,74,1571月二十七日に賜つた宸翰及び將軍の奉答書を示した。
  • 1633,562,83,2303に鎖港談判使節の派遣を述べたのみで、其の成功を必するが如き、強き決意は表
  • 1748,630,83,2234然るに奉答書には、横濱鎖港に就いて「何分ニモ成功仕度奉存候得共」と記し、單
  • 1045,553,84,2309宗城・同島津久光も之に陪列した。其の席上鎖港論を主張する慶喜に對して、久
  • 1395,560,81,2298循なる幕吏の手にのみ成つて、參豫諸大名の評議を經てゐないであらうと疑つ
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