『維新史』 維新史 4 p.124

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其の就任を肯じなかつたのである。, 四國より徳山を經山口に至るものは、阿州・松山, 斯る重大の職掌を所々搜索し歩行かねバ、分明ならざる樣にては、當惑此上な, 任ぜられしや否やを質したが、嘉兵衞は答へて、總督は既に慶勝に更迭せられた, 併し幕府は八月十三日に至つて諸大名の部署を決定した。先づ陸路藝州よ, 々相談に及ぶべしと述べた時、條右衞門は茂承が總督に任命せられたことを知, と記してゐる。而して新に征長總督を命ぜられた徳川慶勝は、送巡して容易に, ことを告げた。雪江は〓然として、, 陸路石州より萩を經て山口に向ふものは、因州・濱田・津和野の三藩を一番手とし, らなかつた。よつて雪江は一橋の館に行き、家臣黒川嘉兵衞, 津山・松江二藩を二番手とし、丸岡・廣瀬・母里の三藩を二番手應援とした。又海路, 支藩勝山・庭瀬山崎の四藩を一番手應援とし、備前・龍野二藩を二番手とした。又, り岩國を經て山口に向ふものは、藝州・松山, ・松代・福山の四藩を一番手とし、藝州, に茂承が總督に, 藩を一番手とし、高松宇和島, し。, し。(續再夢紀事, (續再夢紀事), 敬, 雅, 伊, 備, 豫, 中, 征討部署, の決定, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一二四

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  • 征討部署
  • の決定

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一二四

注記 (29)

  • 914,590,56,1012其の就任を肯じなかつたのである。
  • 208,588,58,1337四國より徳山を經山口に至るものは、阿州・松山
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