『維新史』 維新史 4 p.392

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

諸隊は漸次征途に上つたのである。, に努めた。, を勵した。斯くて幕兵の一番手は五月五日を以て西上の途に就き、爾後從軍の, 上する爲、海路歸藩の途に就いた。, 名として其の任を辭せん事を請ひ、推すに紀州藩主徳川茂承を以てした。茲に, 固辭したが、十五日に至つて就任した。尋いで茂承は將軍の進發に先立つて西, 於いて五月十二日、幕府は茂承に先手總督を命じたのである。茂承は始め之を, を定めて之を布告した。尋いで四日將軍は從軍の諸藩主及び旗本を召見し、軍, 令を頒布したのである。又此の前後屡〻駒場野に於いて幕兵の調練を閲し、士氣, 五月十六日幕府は軍用金を江戸市民に課し、又諸國の社寺に令して軍資を獻, 上せしめた。更に古金銀貨と新貨との引換を奬勵して、資金の額を増さんこと, 此の時に當り、先手總督を命ぜられてゐた前尾州藩主徳川茂徳は、藩の疲弊を, 二將軍の進發と朝妊, 幕兵の出, 先手總督, の交代, 軍用金賦, 發, 課, 第十五編第二囘征長の役, 三九二

頭注

  • 幕兵の出
  • 先手總督
  • の交代
  • 軍用金賦

  • 第十五編第二囘征長の役

ノンブル

  • 三九二

注記 (21)

  • 1386,575,54,1015諸隊は漸次征途に上つたのである。
  • 466,584,53,256に努めた。
  • 1500,574,57,2269を勵した。斯くて幕兵の一番手は五月五日を以て西上の途に就き、爾後從軍の
  • 809,576,57,945上する爲、海路歸藩の途に就いた。
  • 1153,573,59,2274名として其の任を辭せん事を請ひ、推すに紀州藩主徳川茂承を以てした。茲に
  • 926,575,58,2276固辭したが、十五日に至つて就任した。尋いで茂承は將軍の進發に先立つて西
  • 1038,572,60,2280於いて五月十二日、幕府は茂承に先手總督を命じたのである。茂承は始め之を
  • 1731,577,57,2271を定めて之を布告した。尋いで四日將軍は從軍の諸藩主及び旗本を召見し、軍
  • 1616,576,57,2270令を頒布したのである。又此の前後屡〻駒場野に於いて幕兵の調練を閲し、士氣
  • 694,642,59,2214五月十六日幕府は軍用金を江戸市民に課し、又諸國の社寺に令して軍資を獻
  • 579,578,59,2269上せしめた。更に古金銀貨と新貨との引換を奬勵して、資金の額を増さんこと
  • 1267,636,61,2212此の時に當り、先手總督を命ぜられてゐた前尾州藩主徳川茂徳は、藩の疲弊を
  • 208,675,61,950二將軍の進發と朝妊
  • 1528,310,40,166幕兵の出
  • 1275,311,43,164先手總督
  • 1234,314,40,119の交代
  • 696,310,41,168軍用金賦
  • 1485,310,39,37
  • 655,311,37,34
  • 1843,692,45,636第十五編第二囘征長の役
  • 1847,2329,46,129三九二

類似アイテム