『維新史』 維新史 4 p.417

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

は、〓りに長州藩を寛典に處す, 上京を命じ、將軍の入洛を機として、大いに國是を定められんことを朝彦親王晃, れる處を伺つたのである。更に慶永は藩士毛受鹿之助が江戸より歸るや、之に, 親王・内大臣近衞忠房等に入説せしめたのである。斯くの如く、第一囘征長の役, の總督・副將は共に、遽に幕府の再征に贊意を表はさなかつたのである, 誠に恐懼に堪へない次第であると、祕かに憂慮してゐると記し、朝意の在らせら, 行せんとしてゐるが、此の一擧により天下の亂階を開き、愈〻宸襟を惱し奉りては, と考へた。併し因州藩主池田慶徳, 第一囘征長の役に當り、備前藩主池田茂政, 二備前・因州・阿州藩等の態度, は大いに之を非とし、自ら上京して朝廷に建言して其の不可を述べんとし、又時, べきことを幕府に建議し、又自ら大坂に赴き、此の意を總督徳川慶勝に入説せん, の勸説により、上坂を中止したが、其の, 後も寛典論を主張して止まなかつた。幕府が長州再征を布告するに及び、茂政, ことを求めた。尋いで慶永は書を朝彦親王・晃親王に上り、幕府が長州再征を決, 備前, 茂政の兄, 相模守, 守, 備前藩の, 態度, 第一章將軍の進發第四節諸藩の態度, 四一七

割注

  • 備前
  • 茂政の兄
  • 相模守

頭注

  • 備前藩の
  • 態度

  • 第一章將軍の進發第四節諸藩の態度

ノンブル

  • 四一七

注記 (23)

  • 812,2015,62,853は、〓りに長州藩を寛典に處す
  • 1388,582,74,2283上京を命じ、將軍の入洛を機として、大いに國是を定められんことを朝彦親王晃
  • 1503,585,74,2273れる處を伺つたのである。更に慶永は藩士毛受鹿之助が江戸より歸るや、之に
  • 1270,580,78,2285親王・内大臣近衞忠房等に入説せしめたのである。斯くの如く、第一囘征長の役
  • 1155,591,75,2007の總督・副將は共に、遽に幕府の再征に贊意を表はさなかつたのである
  • 1615,576,80,2280誠に恐懼に堪へない次第であると、祕かに憂慮してゐると記し、朝意の在らせら
  • 1733,580,74,2274行せんとしてゐるが、此の一擧により天下の亂階を開き、愈〻宸襟を惱し奉りては
  • 558,592,65,998と考へた。併し因州藩主池田慶徳
  • 796,656,67,1200第一囘征長の役に當り、備前藩主池田茂政
  • 921,993,60,861二備前・因州・阿州藩等の態度
  • 324,592,79,2281は大いに之を非とし、自ら上京して朝廷に建言して其の不可を述べんとし、又時
  • 678,595,77,2271べきことを幕府に建議し、又自ら大坂に赴き、此の意を總督徳川慶勝に入説せん
  • 574,1807,62,1062の勸説により、上坂を中止したが、其の
  • 441,590,77,2280後も寛典論を主張して止まなかつた。幕府が長州再征を布告するに及び、茂政
  • 1853,579,72,2278ことを求めた。尋いで慶永は書を朝彦親王・晃親王に上り、幕府が長州再征を決
  • 840,1881,40,82備前
  • 598,1608,42,166茂政の兄
  • 556,1609,40,167相模守
  • 795,1884,38,34
  • 800,320,42,163備前藩の
  • 755,321,40,82態度
  • 216,704,60,1015第一章將軍の進發第四節諸藩の態度
  • 237,2344,49,124四一七

類似アイテム