『維新史』 維新史 4 p.42

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歩行立四十人程ゲベル筒を背負。五番手ゲベル筒背負歩行立四十人程。六, 番手白筒繻絆四十人程。七番手右同斷。八番手惣大將福原越後親允、騎馬同, 驚愕せざる者なし、, 問した。長州藩兵は今出府の途上であるが、外夷襲來に備へる爲、藩地に於いて, 原民之助騎馬音具三ツ、其餘前同前。四番手熊谷勇記・吉田岩尾兩人共ニ騎馬, 勢五十人程。右供〓り惣勢五百人斗り召連。其有樣全軍裝ニ付途中みる者, 行動を愼ましめたが爲に、其の規律の嚴正なる有樣は、, 及び橋本宿を警衞の宮津藩も亦之を通過せしめた。かくて越後は枚方に一泊, 常に武裝してゐるのであると辯明して通過した。尋いで枚方宿警衞の高槻藩, と言うた。京橋口を警備してゐた紀州藩兵は、長州諸軍の服裝が武裝なのを詰, 福原勢ニハ屋敷並町宿共一統、以之外禮節を厚くし、市中へ出て飮酒をなす者, 合議すべき要件があるので、一兩日滯在する旨を屆出でた。而して嚴に部下の, し二十四日夕伏見に著し、伏見奉行林忠交, 壹人も無之、且中書島抔ハ乍橋向誰一人行者もなし。謹愼罷在薄暮限りニ戸, に、出府の途上であるが、藩邸と, 驚愕せざる者なし。(甲子戰爭記, (甲子戰爭記), 請西藩主, 肥後守, 伏見に著, 福原越後, す, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 四二

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  • 請西藩主
  • 肥後守

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  • 伏見に著
  • 福原越後

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 四二

注記 (24)

  • 1610,644,59,2220歩行立四十人程ゲベル筒を背負。五番手ゲベル筒背負歩行立四十人程。六
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