『維新史』 維新史 4 p.171

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

職に就いた。, 右し得るに至つた爲である。, 居してゐた政務役高杉晉作の職を免じ、十九日曩に辭表を提出してゐた家老清, められ、隨つて藩の態度も暫く恭順謝罪に終始した。併し奇兵隊を始めとする, 斯くて長州藩は、征長軍を迎へる事となつた。藩廳要路は保守派によつて占, 水清太郎の加判役を罷めて、謹愼を命じた。是と相前後して、保守派の岡本吉之, 進・福島吉右衞門・内藤造酒等が要路に登庸せられ、又曩に處罰を蒙つてゐた保守, も亦萩に歸つた。尋いで經幹は十七日、元純は十九日各〻萩を發して歸國の途に, 就いた。蓋し其の歸國するに至つたのは、略己れと同意見の保守派が、藩議を左, 派の巨頭椋梨藤太・中川宇右衞門・三宅忠藏・村岡伊右衞門等の罪が免ぜられ、各要, 急進派は、依然として純一恭順説を非とし、自派勢力の恢復を圖り、藩情は盆〻錯雜, 毛利登人武・同大和國之助・同前田孫右衞門・政務役渡邊内藏太等を、十三日小納戸, 此の前後、盛に藩廳員の更迭が行はれた。藩廳は九月九日、急進派の直目付役, 役小田村素太郎, 等を罷め、尋いで十七日萩に屏, ・同瀧彌太郎・同山縣半藏, 後六, 戸〓, 後楫取, 素〓, 更迭, 藩廳員の, 吉川經幹, 等の歸國, 第三章長州藩の恭順謝罪第一節禁門變後の長州藩情, 一七

割注

  • 後六
  • 戸〓
  • 後楫取
  • 素〓

頭注

  • 更迭
  • 藩廳員の
  • 吉川經幹
  • 等の歸國

  • 第三章長州藩の恭順謝罪第一節禁門變後の長州藩情

ノンブル

  • 一七

注記 (26)

  • 726,571,55,333職に就いた。
  • 1667,565,56,813右し得るに至つた爲である。
  • 1194,566,59,2290居してゐた政務役高杉晉作の職を免じ、十九日曩に辭表を提出してゐた家老清
  • 486,576,58,2274められ、隨つて藩の態度も暫く恭順謝罪に終始した。併し奇兵隊を始めとする
  • 606,637,59,2217斯くて長州藩は、征長軍を迎へる事となつた。藩廳要路は保守派によつて占
  • 1078,566,60,2289水清太郎の加判役を罷めて、謹愼を命じた。是と相前後して、保守派の岡本吉之
  • 958,570,65,2283進・福島吉右衞門・内藤造酒等が要路に登庸せられ、又曩に處罰を蒙つてゐた保守
  • 1900,566,58,2280も亦萩に歸つた。尋いで經幹は十七日、元純は十九日各〻萩を發して歸國の途に
  • 1785,566,60,2284就いた。蓋し其の歸國するに至つたのは、略己れと同意見の保守派が、藩議を左
  • 846,564,62,2290派の巨頭椋梨藤太・中川宇右衞門・三宅忠藏・村岡伊右衞門等の罪が免ぜられ、各要
  • 362,571,64,2283急進派は、依然として純一恭順説を非とし、自派勢力の恢復を圖り、藩情は盆〻錯雜
  • 1435,563,63,2283毛利登人武・同大和國之助・同前田孫右衞門・政務役渡邊内藏太等を、十三日小納戸
  • 1554,629,61,2227此の前後、盛に藩廳員の更迭が行はれた。藩廳は九月九日、急進派の直目付役
  • 1311,564,55,460役小田村素太郎
  • 1317,1993,55,860等を罷め、尋いで十七日萩に屏
  • 1315,1168,53,672・同瀧彌太郎・同山縣半藏
  • 1344,1881,40,79後六
  • 1299,1882,40,79戸〓
  • 1343,1038,41,127後楫取
  • 1298,1039,40,80素〓
  • 1515,301,38,79更迭
  • 1560,298,39,163藩廳員の
  • 1910,303,42,164吉川經幹
  • 1868,300,40,167等の歸國
  • 260,686,48,1408第三章長州藩の恭順謝罪第一節禁門變後の長州藩情
  • 268,2346,39,91一七

類似アイテム