『維新史』 維新史 4 p.173

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十一月二日、吉川經幹は更に藝州藩を通じて歎願書を總督府に呈し, 是に於いて經幹は、一篇の歎願書を記し、長州藩三家老を嚴科に處するを以て、藩, つこの事は獨り毛利家の利たるのみではなく、實に我が國の幸であると説いた。, にして恭順の實を擧げ、其の罪を謝する時は、必ず寛典に處せらるべしと述べ、且, 尾州藩附家老成瀬正肥, て、正式に之を總督に上つた。總督は十一月三日明石に於いて此の歎願書を接, 主父子の罪を寛くせん事を請ふの意を述べ、之を家臣目加田喜助・大草終吉に授, け、鼎州等と共に上坂し、總督の内覽に供せしめた。尋いで二十七日藝州藩を經, 謝罪恭順の事を説かしめた。十月二十日鼎州等は經幹と會見し、長州藩主父子, 手し、直ちに令を發して總攻撃の日を延期せんとしたが、既に廣島に進んでゐた, 之御期限切迫ニ及候段竊ニ奉窺、大膳父子を始家中闔國之士民一統痛心泣血, 私本家家老之内乍恐於京師暴動仕候義ニ付、先達而奉歎願置候處、此度御征討, 仕候。就而は御指圖を不待、罪魁盆田右衞門介・福原越後・國司信濃三人之首級, の反對により、暫く其の傳達を止めた、, 藩士八木銀次郎〓を岩國に遣し、長州藩支族吉川經幹に、宗藩主毛利敬親父子の, 總督名代, 隼人正, 吉川經幹, の歎願書, 第三章長州藩の恭順謝罪第二節長州藩の恭順謝罪, 一七三

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  • 第三章長州藩の恭順謝罪第二節長州藩の恭順謝罪

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  • 一七三

注記 (21)

  • 705,607,61,1943十一月二日、吉川經幹は更に藝州藩を通じて歎願書を總督府に呈し
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