『維新史』 維新史 4 p.237

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使節一行は出發してゐたこと等よりしても知られるのである。, であつたことは、巴里約定調印の翌日直ちに行李を纒めて其の地を離れたこと, いでゐた時であつた。從つて使節一行は、獨り我が國が從來の固陋因循な政策, 強兵の策をたつるの必要を痛感したのである。而して其の巴里引揚げの早急, に捉はれ、國内の紛爭を事としつつある現状に省みて、速かに國論を統一し、富國, 興に依つて列國勢力の均勢が將に破れんとし、列國は鋭意自國の防衞に力を注, 派して取敢へず其の上陸を止め、更に若年寄立花種恭を遣して一行の歸府を止, 寧ろ歸朝して幕府に歐羅巴の現状を報告し、横濱鎖港の行はれざる所以を説明, 或は又使節一行の歸朝の噂が傳はつた時、駐佛英國大使カウレイは、使節歸朝の, 七日横濱に到著した。幕府は使節一行歸朝の報に接して大いに狼狽し、幕吏を, 原因に疑惑を抱き、其の眞相を窺〓せんとして、其の旅館を訪れたが、既に此の時, 五月十八日巴里を出發した一行は、五月二十六日マルセイユより乘船、七月十, 以上國内の紛爭を暴露して列國の諒解を求めることは、却つて國辱なりと信じ, せんとして急遽歸航の途についた。當時歐洲に於いてはプロシャの急激な勃, 一行の歸, 〓田長發, 第一章英佛米蘭四國艦隊の下關砲撃第二節横濱鎖港使節と巴里約定〓, 二三七

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  • 一行の歸
  • 〓田長發

  • 第一章英佛米蘭四國艦隊の下關砲撃第二節横濱鎖港使節と巴里約定〓

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  • 二三七

注記 (18)

  • 709,569,58,1829使節一行は出發してゐたこと等よりしても知られるのである。
  • 1055,569,59,2296であつたことは、巴里約定調印の翌日直ちに行李を纒めて其の地を離れたこと
  • 1408,577,59,2279いでゐた時であつた。從つて使節一行は、獨り我が國が從來の固陋因循な政策
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