『維新史』 維新史 4 p.230

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費の支辨に就いては兩策の中何れかを以て之を行ひ、他は書面の通りとて、要領, 二巴里約定と英・佛兩國の態度, 使オールコックの横濱歸任前に出發せんことを促したのである。果して元治, の勸告が與つて力があつたが、彼は自己の提案に對して心中祕かに英國の反對, を得ざるものであつた。併し乍ら之に依つて幕府の意志を略推察し得た使節, を警戒してゐた。從つて彼は、使節に對し、恰も當時賜暇歸國中であつた英國公, 一行は、文久三年十二月二十九日佛國軍艦ル、モンジュ號に乘じ、佛國公使館通譯, 官ブレックマンを伴うて横濱を出帆し、勇躍壯途についた。而して上海で郵船, 幕府が鎖港使節を歐洲各國に差遣しようとした時、英・佛兩國は如何なる態度, を示したのであらうか。上述の如く、此の計畫が實行せられるや、ブレックマン, に乘替へ、香港・新嘉坡・セイロン・スエズを經て元治元年三月十日マルセイユに上, 兀年正月十一日使節一行は、上海に於いて横濱歸任の途にあつたオールコック, 陸し、佛國首都巴里に入つたのである, 英佛の熊, 度, 使節一行, 横濱出發, 第十四編外交の轉機, 二三〇

頭注

  • 英佛の熊
  • 使節一行
  • 横濱出發

  • 第十四編外交の轉機

ノンブル

  • 二三〇

注記 (19)

  • 1697,581,66,2281費の支辨に就いては兩策の中何れかを以て之を行ひ、他は書面の通りとて、要領
  • 873,988,56,929二巴里約定と英・佛兩國の態度
  • 297,575,63,2284使オールコックの横濱歸任前に出發せんことを促したのである。果して元治
  • 523,583,65,2273の勸告が與つて力があつたが、彼は自己の提案に對して心中祕かに英國の反對
  • 1580,585,68,2276を得ざるものであつた。併し乍ら之に依つて幕府の意志を略推察し得た使節
  • 408,577,65,2280を警戒してゐた。從つて彼は、使節に對し、恰も當時賜暇歸國中であつた英國公
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