『維新史』 維新史 2 p.465

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隊が英・米・佛・露の四箇國全權使節を伴つて北上し、是の年, 日本に渡來せば、ハリスが過去數箇年の間、苦心折衝して今や漸く實を結ぶに至, 進み、大沽砲臺を陷れて天津に到るや、清廷は遂に屈して和議を求め、五月十六日, せる彼の使命を辱かしめる結果となるであらう。今は一刻も猶豫すべきでは, つた條約締結の功も、やがて英佛に奪はれる虞がある。斯くては遠く極東に使, を迫るであらうとの情報が、ハリスの許に傳へられたのである。, ハリスは極東の形勢が俄に急迫して來たのを知つて、若し英佛兩國の使節が, 結果清國は多額の償金を支拂ひ、外國使臣の北京駐紮を許し、新に牛莊・登州・臺灣・, 清國政府と英・米・佛・露四箇國との間に、天津條約が締結せられるに至つた。此の, 號、翌日露國軍艦アスコリド號が相踵いで下田に入港し、愈〻それが事實であるこ, とを知らせた。それは廣東に於けるアロー號事件の後報であつて、英佛聯合艦, て、兵艦數十艘舳艫相銜んで我が國に來り、和親條約を破棄して、通商條約の締結, 潮州, の五港を開くことを約した。英佛兩國は此の戰捷の餘威を藉つ, ハリスに、東亞に於ける英佛兩軍の戰捷を告げた。十五日米國軍艦ポーハタン, 瓊州, 四月白河河口に, 西暦一八, 五八年, 海, 南, 油, 頭, 態度, ハリスの, 第四章井伊直弼の執政第三節日米條約の調印, 四六五

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  • 西暦一八
  • 五八年

頭注

  • 態度
  • ハリスの

  • 第四章井伊直弼の執政第三節日米條約の調印

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  • 四六五

注記 (27)

  • 1512,566,60,1605隊が英・米・佛・露の四箇國全權使節を伴つて北上し、是の年
  • 606,579,64,2283日本に渡來せば、ハリスが過去數箇年の間、苦心折衝して今や漸く實を結ぶに至
  • 1405,565,63,2296進み、大沽砲臺を陷れて天津に到るや、清廷は遂に屈して和議を求め、五月十六日
  • 377,578,66,2285せる彼の使命を辱かしめる結果となるであらう。今は一刻も猶豫すべきでは
  • 491,580,70,2288つた條約締結の功も、やがて英佛に奪はれる虞がある。斯くては遠く極東に使
  • 838,574,58,1820を迫るであらうとの情報が、ハリスの許に傳へられたのである。
  • 723,657,65,2205ハリスは極東の形勢が俄に急迫して來たのを知つて、若し英佛兩國の使節が
  • 1175,562,66,2312結果清國は多額の償金を支拂ひ、外國使臣の北京駐紮を許し、新に牛莊・登州・臺灣・
  • 1291,563,63,2291清國政府と英・米・佛・露四箇國との間に、天津條約が締結せられるに至つた。此の
  • 1733,562,61,2292號、翌日露國軍艦アスコリド號が相踵いで下田に入港し、愈〻それが事實であるこ
  • 1619,569,62,2287とを知らせた。それは廣東に於けるアロー號事件の後報であつて、英佛聯合艦
  • 950,576,66,2289て、兵艦數十艘舳艫相銜んで我が國に來り、和親條約を破棄して、通商條約の締結
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