Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
年三月に獨り空しく歸國するの已むなきに至つた。, 幕府は和蘭留學生派遣の後、引續いて俊秀の青少年を各國に留學せしめんと, の企を有してゐたが、攘夷論の〓揚或は財政の窮乏等の爲、容易に之を實行する, 等は曩に歸國してゐたゴシケヴイチ及び在露の日本人橘耕齋等の世話を受け, 次いで佛・獨の兩國を經て、翌二年二月に至り、露都ペテルブルグに到著した。彼, て、先づ語學を修め、次いで專門學科に進まんとして、專心研學に努めた。然るに, た。一行は同年七月露船に搭じて箱館を出帆し、印度洋を横斷して英國に渡り, め、幕府は箱館駐在の露國領事ゴシケヴイチの勸誘に應じて、幕臣の子弟市川文, 事が出來なかつた。漸く慶應元年に至つて、其の機が到來した。即ち同年の初, 至り、幕府は人選の結果、俊秀の子弟成瀬錠五郎・外山捨八, 幕府は慶應元年の末、更に英國へ留學生を派遣せんとした。慶應二年の秋に, を加へた總勢六名を留學生として露國に派遣し, 取締の任にあつた山内作左衞門は不幸病に冒され、滯在一箇年餘にして、慶應三, 奉行所吏員山内作左衞門, ・緒方城次郎, 大築彦五郎, ・小澤清次郎・田中次郎に、取締として箱館, ・箕作奎吾・同大六, 吉, 兼恭の, 提雲, 尚志, 洪哉, の弟, 長男, の弟, の兄, 後菊, 池, 正, 露國留學, 英國留學, 生, 生, 第十四編外交の轉機, 三五〇
割注
- 兼恭の
- 提雲
- 尚志
- 洪哉
- の弟
- 長男
- の兄
- 後菊
- 池
- 正
頭注
- 露國留學
- 英國留學
- 生
柱
- 第十四編外交の轉機
ノンブル
- 三五〇
注記 (36)
- 434,574,55,1496年三月に獨り空しく歸國するの已むなきに至つた。
- 1727,638,57,2230幕府は和蘭留學生派遣の後、引續いて俊秀の青少年を各國に留學せしめんと
- 1609,577,60,2284の企を有してゐたが、攘夷論の〓揚或は財政の窮乏等の爲、容易に之を實行する
- 782,570,58,2297等は曩に歸國してゐたゴシケヴイチ及び在露の日本人橘耕齋等の世話を受け
- 899,570,58,2299次いで佛・獨の兩國を經て、翌二年二月に至り、露都ペテルブルグに到著した。彼
- 665,575,59,2289て、先づ語學を修め、次いで專門學科に進まんとして、專心研學に努めた。然るに
- 1014,573,60,2306た。一行は同年七月露船に搭じて箱館を出帆し、印度洋を横斷して英國に渡り
- 1376,579,58,2291め、幕府は箱館駐在の露國領事ゴシケヴイチの勸誘に應じて、幕臣の子弟市川文
- 1491,573,59,2292事が出來なかつた。漸く慶應元年に至つて、其の機が到來した。即ち同年の初
- 193,576,60,1608至り、幕府は人選の結果、俊秀の子弟成瀬錠五郎・外山捨八
- 316,640,59,2222幕府は慶應元年の末、更に英國へ留學生を派遣せんとした。慶應二年の秋に
- 1136,1460,57,1405を加へた總勢六名を留學生として露國に派遣し
- 548,576,59,2289取締の任にあつた山内作左衞門は不幸病に冒され、滯在一箇年餘にして、慶應三
- 1135,571,55,732奉行所吏員山内作左衞門
- 1259,764,54,331・緒方城次郎
- 1258,1242,56,335大築彦五郎
- 1259,1716,56,1152・小澤清次郎・田中次郎に、取締として箱館
- 194,2252,62,482・箕作奎吾・同大六
- 1260,573,48,46吉
- 1287,631,42,119兼恭の
- 1165,1332,43,84提雲
- 1290,1607,40,81尚志
- 1289,1133,40,77洪哉
- 1248,1610,36,78の弟
- 1241,631,42,82長男
- 1246,1135,37,74の弟
- 1125,1337,36,79の兄
- 230,2762,43,87後菊
- 187,2763,42,37池
- 220,2202,49,54正
- 1389,308,42,168露國留學
- 321,310,44,169英國留學
- 1347,308,38,32生
- 280,311,41,30生
- 1841,691,45,527第十四編外交の轉機
- 1844,2344,40,126三五〇







