『維新史』 維新史 4 p.562

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歸朝した。, 國訪問等の使命を帶びて、駐佛全權公使向山一履, 月秀實及び目付石川利政, ある。同年十月秀實等は横濱を出帆し、十二月露都ペテルブルグに著した。次, いで秀實等は亞細亞局長スツレモウホフと前後八囘の談判を重ねたが、相互の, は屡〻建議して境界劃定の急務なるを論じたので、幕府も之を容れて、慶應二年八, 意見扞格して國境劃定に至らず、慶應三年二月二十五日樺太島は從來の如く日, 解決は明治政府に引繼がれたのである。秀實等は同年三月露都を發し、五月に, 兩國永年の懸案は遂に斯くの如き暫定的解決を以て一段落を告げ、其の根本的, 露兩屬として雜居すべしとの樺太島假規則五箇條が兩者の間に調印せられた。, に樺太境界劃定談判の爲、露國派遣を命じたので, 前述せる如く慶應三年正月慶喜の弟徳川昭武は巴里萬國博覽會參列、締盟各, 生を派遣した。特に薩州藩の如きは巴里萬國博覽會の開催に當り、幕府と同一, 資格を以てこれに出品せんとし、佛人コント、デ、モンブランに其の周旋を依頼し, 是より先、薩長二藩其の他は幕府の禁令を無視して密かに海外に留學, 等と共に佛國に赴いた。, 駿河, 章第三節參照, 第十四編第三, 外國奉行, 隼人正, 守, 栗本鯤の, 徳川昭武, 佛國派遣, 第十六二王政復古の氣運, 五六二

割注

  • 駿河
  • 章第三節參照
  • 第十四編第三
  • 外國奉行
  • 隼人正

頭注

  • 栗本鯤の
  • 徳川昭武
  • 佛國派遣

  • 第十六二王政復古の氣運

ノンブル

  • 五六二

注記 (27)

  • 818,599,53,264歸朝した。
  • 577,599,60,1401國訪問等の使命を帶びて、駐佛全權公使向山一履
  • 1627,604,56,725月秀實及び目付石川利政
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