『維新史』 維新史 2 p.945

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して、將軍の親書を捧呈し、滯在月餘の間を交渉見學に費し、尋いで陸路伯林に入, ムに上陸し、前駐日理事官クルチウス・東洋學者ホフマン博士等に迎へられて、首, フとの折衝以來、幕府は北緯五十度を以て境界と爲すべきを主張し、爲に協定に, 英國に於ける交渉を終へた使節一行は、五月十五日倫敦を出發、和蘭軍艦に迎, へられて、マース河口に著し、夫より宮廷用川蒸汽船獅子號に搭じて、ロッテルダ, 開市開港延期交渉の外に、多年の懸案たる樺太境界問題の討議を行つた。, り、六月二十五日普魯西國王ウヰリアム一世に〓した。七月十日伯林出發、海路, 四樺太境界談判, 都ハーグに入つた。二百年來の友邦たる和蘭に於ける使節の受けた歡迎は、歴, 露國軍艦に搭じて、十四日露國首都ペテルブルグに著した。此の地に於いては、, 訪せし諸國中最大なものであつたといふ。六月五日國王ウヰリアム三世に〓, 至らずして、日露兩國人雜居と暫定せられてゐた。竹内保徳等は其の出發前、幕, 抑樺太國境に關しては、嘉永六年プウチャーチン、尋いで安政六年ムラヴイヨ, 府より依然北緯五十度を以て談判すべきの使命を受けてゐたので、亞細亞局長, 問題, 樺太國境, 第八編外交の推移, 九四六

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  • 問題
  • 樺太國境

  • 第八編外交の推移

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  • 九四六

注記 (18)

  • 1007,587,84,2285して、將軍の親書を捧呈し、滯在月餘の間を交渉見學に費し、尋いで陸路伯林に入
  • 1354,600,82,2263ムに上陸し、前駐日理事官クルチウス・東洋學者ホフマン博士等に迎へられて、首
  • 429,577,85,2266フとの折衝以來、幕府は北緯五十度を以て境界と爲すべきを主張し、爲に協定に
  • 1586,654,84,2211英國に於ける交渉を終へた使節一行は、五月十五日倫敦を出發、和蘭軍艦に迎
  • 1472,606,79,2250へられて、マース河口に著し、夫より宮廷用川蒸汽船獅子號に搭じて、ロッテルダ
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  • 890,581,85,2280り、六月二十五日普魯西國王ウヰリアム一世に〓した。七月十日伯林出發、海路
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